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5月1日、放課後。


ホームルームが終わり、荷物を鞄に詰めていると香織と玲がドアからひょっこり顔を覗かせた。


「もう行ける?」


「うん、行けるよ。ちょっと待っててね」


慌てて鞄を閉め莉那と連れ立って教室を出る。


「あのさ今日、桜堂書店(サクラドウショテン)に行かない?岩田駅出て直ぐの場所にあるんだけど。」


「桜堂書店、いいね。あそこならカフェが併設してるからちょっとゆっくりできるもんね。まどか、どうする?」


莉那に訊ねられ、ふたりの利用している岩田駅を見てみたいと思った私はひとつ返事で答えた。


「そこでいいよ。」


「僕も。」


香織の提案にみんなが賛成するかたちで行き先が決まった。


「カフェが併設されてる本屋さんなんだ。珍しいね。」


私が率直な感想を口にすると香織が今から行く桜堂書店がどんなに素敵な場所か説明してくれる。


「うん、あそこの本屋さんは蔦の葉に包まれた不思議な雰囲気の本屋さんなんだけど、マスターが素敵なの。お髭のお爺さんなんだけど、のんびりした雰囲気で時間忘れちゃう感じ。」


「うわぁ。楽しみだなぁ。」


ガタゴトと電車に揺られること約10分。

私達は岩田駅に降り立った。


桜堂書店は香織の説明通り駅の改札を抜けて直ぐのところにあった。表側は扉以外の全てが蔦の葉に覆われていて、蔦の間からぴょこりと桜堂書店の看板プレートが飛び出している。一人だったら入れないだろうなという感じの独特な雰囲気のある店構えだった。


「まどかが先に入りなよ。」


「うん。」


促されてドアノブに手を掛けると重く重厚な扉がゆっくりと開いた。軽やかにドアベルの音が鳴り響くのと同時に珈琲の芳ばしい香りが鼻をくすぐる。


「いらっしゃいませ。」


声の方に視線を向けると、香織の説明通りたっぷりの髭を蓄えたお爺さんが優しい笑顔でカウンターに立っていて、思わず「こんにちは」と挨拶の言葉が口をついて出た。


「こんにちは。ごゆっくりどうぞ。」


声に導かれるようにして店内に入る。

ブラウンを基調とした落ち着いた店内は微かなボリュームでジャズが流れている。何だか大人なお店に足を踏み入れてしまった気分だ。こんな素敵なお店に自分の本が置かれているんだろうか?

半ば不安になりつつ店内を見回すと、新書コーナーが設えてあった。ドキドキしながらそこに近付き確認する。端にひっそり5冊重ね置いてあった。


「あった!」


「本当だ。あったね。保存用に1冊買わなきゃ。」


「私も!」


みんなが1冊ずつ手に取ると残りは1冊になった。


「1冊になっちゃったね。」


ポツリと香織が言う。


「何か詳しく分かんないけどさ、売り上げが良ければ追加してくれるんじゃないの?5冊のうち4冊売れたらバカ売れだよ。追加されるんじゃないかな?」


玲が何だか自信満々に言うので可笑しくなって私が「みんな関係者だけどね。」と突っ込んだら笑いが起きた。


「シッ、静かにね。」


一緒になって笑っていた香織が我に返りみんなを嗜めるのでそれぞれ肩を竦めて小さくなった。私は香織の手にしていた本をさりげなく奪い去る。


「えっ、まどか何?」


香織が驚いた顔で私を見る。


「香織の分は私が買うよ。図書室に1冊置いてきちゃったし。」


「でも。」


「いいの。それくらい嬉しかったんだから。」


戸惑いの表情を見せる香織を差し置いてカウンターに向かった。後ろから玲の「ありがとうで買ってもらえばいいんじゃないの?ある意味宝物だよ」という声が聞こえた。変わらずカウンターに居たお爺さんが差し出した2冊を受け取り「別に致しますか?」と訊ねてきた。どうやら話を聞かれていたようだ。私は「はい」と答え2冊の本を受け取った。「はい。」と香織に手渡すと「ありがとう」と屈託のない笑顔で受け取ってくれる。玲と莉那も精算を済ませると莉那がマスターに


「カフェ席空いていますか?」


と訊ねてくれた。


「空いていますよ。どうぞお好きな所へ。」


促されるままカフェコーナーに移動する私達。マスターが立っているカウンターからは、書籍スペースとカフェコーナーの両方が見渡せる形になっていた。私達は窓際の4人がけテーブルに座る。蔦で覆われた窓の隙間から入る明かりが少し眩しい。


「決まりましたらお呼びくださいね。」


マスターがメニューを置いて去ってゆくと、サッとメニューを手にした玲がパラパラとページを捲りそれを私達女子が確認した。


「これだけ珈琲のいい香りがしたら珈琲頼みたいよね。」


「そうだね。」


「これ良くない?珈琲セット、500円。本日のケーキ付きだって。」


「いいね。今日はさ、私がご馳走するね。ママからみんなで何か食べたら?って5000円預かったんだ。」


「嘘っ、本当にいいの?でも、今日はまどかのお祝いだよ。」


「いいよ。ありがとうで奢ってもらえばいいんじゃないの?もう一生無いかもよ。」


さっき、玲が香織に言っていた口調を何となく真似て言う。3人がそれに気付いて笑いながら『ありがとう』とお礼を言うので気恥ずかしさもあってその勢いでマスターを呼んだ。


「すみません。」


「はい、お決まりですか?」


「珈琲セット、本日のケーキ付きを4つ下さい。」


「かしこまりました。少々お待ちください。」


オーダーを取るとマスターはカウンターの奥へと消えていった。

同時に私のスマートフォンがブルブルと着信を知らせる。中川さんからのラインだ。開くと画面には


『発売おめでとう。先日は暫く書かなくてもいいわと言ったけれど、書いてみても全然いいのよ。むしろ次回作が楽しみだわ。勘違いしないでね。催促ではないから。書ければ書いてくださいね。では、ごきげんよう。』


みんなに画面を見せると「めっちゃ催促されてるじゃん」と言われ、私もその通りだと思って青ざめる。そこへオーダーの珈琲セットが届いた。


「お待たせいたしました。」


マスターがトレイに載せたケーキと珈琲を丁寧にテーブルに載せていく。


「ご注文はこれでお揃いでしょうか?」


「はい。」


確認を取り終えたマスターがゆっくりと口を開いた。


「みなさん、今日は何かお祝いですか?」


突然のことにみんなで顔を見合わせた。


「ああ、驚かせてしまいましたね。これは失礼。来店されたときから何やら楽しそうだったので何か良いことがあったのかと思いまして。先程のあの本はね、今日発売されたんですよ。熱心に売り込まれましてね。若い作家さんが書いたとかで。私も読んでみましたがなかなか良いお話でした。瑞々しい感性と言うかね。試しに5冊仕入れたのですが、追加が必要そうですね。」


「あの本、実は私が書いたんです。」


優しく穏やかで茶目っ気たっぷりな口調に何だか親しみを感じたのと、本の内容を誉められたのが嬉しくて思わず言ってしまった。


「そうでしたか。おめでとうございます。」


「ありがとうございます。でも、スランプなんです。次回作が書けなくて。」


「そうですか。焦ることは無いんじゃないですかねぇ。書きたいと思うときに書けばいい。お若いのですから経験を積むことも勉強ですよ。」


「ありがとうございます。」


「いいえ、応援しております。ではごゆっくり。」


そう言い残すとマスターは静かに去っていった。


「素敵。」思わず口をついて出る。「でしょう?」香織が得意気に言うと、莉那が「でも、私はここに来ると寛ぎすぎて眠くなる。」と言い、玲が続いて「それ凄くよく分かる」と言うので笑ってしまう。本当に穏やかに時が過ぎて気付いたら6時になっていた。数時間の時が過ぎていた事に驚いて慌ててお会計を済ませにカウンターに向かった。


「千円でございます。」


「えっ?珈琲セットを4つ頼んだんですけど。」


「はい。確かに千円でございます。ケーキのお代はサービス致します。」


「えっ、でも。」


「いいんですよ。若い人が来てくだされば店が華やぎます。それにね、私も昔目指して居たんですよ。小説家。なれなくてね。今は書店を営んでおります。だからあなた方がキラキラ眩しい。これはご祝儀と言うことで。」


そう言うとマスターは二千円を出したうちの千円を受け取り、パタリとレジを閉めてしまった。


「若人は遠慮しないのですよ。先程の話ではありませんが経験として今後の小説のネタにでも使って頂ければこの上なく幸せな事です。」


戸惑う私達を尻目にマスターは顔をクシャクシャにして柔らかな笑顔を浮かべている。その顔を見ていたら「ありがとうございます。いつか使わせてもらいます。」と受け入れていた。


「さようなら。また来てくださいね。」


「はい、是非また来ます。」


カウンターから見送ってくれるマスターに手を振り、私達は店を後にした。



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