作戦会議。
約束の土曜日、私と玲は早朝から自転車を走らせました。
早くから家にやって来た玲は『おはよう、つぶちゃん』と笑ってしまうくらいいつも通りで、もっと深刻な顔で現れるかと思ったのに拍子抜けしてしてしまいました。
「大丈夫だね。異常無しだよ。」
軽く私の自転車の点検をした玲は、仕上げにサドルに跨がり2、3度自転車に体重をかける。玲の重みでタイヤが若干下がり、パンクするんじゃないかと私はひやひやしてしまいます。そんな私の気持ちにも気付かずに玲はいつもの笑顔。
「空気圧も大丈夫そうだし、出掛けようつぶちゃん」
「うん。」
私は心の動揺を隠し、玲に続いて出発しました。長い長い道のりを自転車に乗り3人にどう告げるかずっと、ずっと考えました。せっかく出来たお友達と距離を置く。私にとってはとても辛く悲しい事で胸が潰れそうな思いです。
ガクンッ。
急に目の前の玲の自転車が止まり何事かと思うと図書館の目の前に着いていました。
「つぶちゃん、大丈夫?」
心配そうな玲の顔。
それと同時にバタバタと騒がしい足音が響き渡り、香織と莉那が走り込んできました。
「まどか、どうして急にライン抜けちゃったの?」
「びっくりしたよ!吉井も詳しく教えてくれないし。」
「だって、岸本も飯村もつぶちゃんから直接説明を受けた方が納得出来るでしょう?僕もちゃんと理解してる訳じゃないし。」
「吉井の役立たず!!」
莉那と香織が口を揃えて玲を罵り、玲が小さく縮こまるので笑いそうになりました。ここは私が玲の面子を守る番です。
「急にごめんね。本当に急なことで玲にも詳しく話せてなくて。」
「そうなんだ。暑いからロビーに入って詳しい話聞かせて。」
莉那と香織のふたりは私の自転車に回り込み車体を支え、駐輪場に停めさせてくれ、ロビーに誘うとソファーにカップに注いだ水を持ってきてくれました。
「とりあえず、これ飲んで落ち着いたら話そうか?」
「ありがとう。」
莉那と香織に挟まれる形でソファーに座ると置いてけぼりにされた玲がゆさゆさ体を揺らして近付いて来て目の前に座りました。
「ねぇ、僕の水は?」
「は? 吉井の水なんてないよ。自分で汲んできな!」
「うへぇ。冷たいよなぁ。」
女子ふたりに言われると、玲はすごすごと冷水機に近付いていき水を注いで戻ってきて、またどかりと目の前のソファーに座り、水を飲み干し
「さぁ、詳しい話聞かせてもらおうか?つぶちゃん。うわっ、痛っ!!何するんだよ岸本!!」
かしこまって場を取り仕切ろうとすると、莉那にドカッと頭をどつかれうずくまりました。
「吉井が仕切んないでよ。まどかのペースで話させてあげて。」
「あ゛っ、ごめん。」
「いいよ。ありがとう。何か気持ちが和んだし。」
痛みで頭を押さえる玲と、やり過ぎたと思ったのかどついた頭を莉那と香織で撫で回す姿を見て何だか可笑しくて思い詰めていた心が和らいだ気がしました。
「あのね、本を出版できることになったの。」
「うわぁ。やっぱりまどかすごーい!おめでとう!!」
まるで自分の事のように喜んでくれるふたり。
「なんだけど、担当の中川葉子さんから出された条件があって。」
「条件?」
「うん、夏休みを放課後の美容室の改稿に当てること。それからお友だちとの連絡を一時的に断って緑が丘高校合格に向けて勉強すること。そして青春を楽しむこと。」
「だからラインが消えたのかぁ。しかしその中川って人横柄だねぇ。でも、緑が丘高校っウチが狙ってる高校じゃん。」
「うん、そうだね。」
莉那が言うと、私以外の3人が顔を見合せ頷き合いポカンとする私に香織が説明してくれました。
「あのね、まどか。私と吉井と莉那って緑が丘高校進学に向けての学習塾に通ってるの。」
「えっ、そうだったの?」
「うん、もうずっと通ってるんだけど僕らの合格もちょっと遠いかなって感じなんだ。」
「すごく偏差値高いしね。正直もっと頑張らないと厳しい。」
しょぼんとして香織が言うと、莉那が
「ちょっと待って。緑ヶ丘高校に進学しなさいって事は皆揃って合格すれば同じ学校で毎日4人で過ごせるってことだよ!」
「うっわ、そうだねぇ。」
玲が興奮ぎみに叫び、シーッと香織にたしなめられると小声で
「僕、作戦を思い付いた。」
「何?」
「中川さんに従った振りをして、連絡を断って勉強頑張って、つぶちゃんは小説の改稿とやらも頑張って試験を受けて来年の4月、僕らは緑ヶ丘高校でまた出会う!!」
「ってか、それ全面的に中川って人に従ってるじゃん!」
莉那の突っ込みに全員で笑う。
「あははっ、でも正直それが1番かも。みんなとまた会えるって思うと小説も勉強も頑張れそう。」
「まどかぁ。」
莉那と香織がぎゅうっと体を抱きしめ泣きそうな声で言う。
「まどかが頑張るなら、私たちも頑張るよ。今が辛くても4月に向けて頑張ろう!絶対に4人でまた会おうよ。」
「うん、何かやる気出てきた。頑張るよ。」
「僕も頑張る!!ってかもうすぐ帰る時間だ。つぶちゃん行かなきゃ。」
「うわっ、本当だ。帰らなきゃ。」
「見送るよ。ついでにおまじない掛けよう。」
「おまじない?」
莉那の言葉に首を傾げるといいからと駐輪場に押し出された。
「ここで丸く並んで手を重ねる。」
莉那の言われた通りにすると、莉那が大きな声で叫んだ。
「まどかは小説を出版して、私達は来年の4月に緑ヶ丘高校で必ず再会する!!」
4人は目を合わせた。頷きあいそしてまた叫んだ。
「必ず再会する!!」
重かった心が一気に軽くなった。苦しいのは一人じゃない。そしてこの波を越えれば楽しいことが待っている。4人の絆はきっとすごく強い。長い人生の数ヵ月、私は頑張ってみることを心に決めた。
「また会おうね。」
手を振り合い図書館を後した。