奪われた自由。
「ありがとう。」
中川さんはスマートフォンを受けとるとササッと画面を操作し始める。クスリと笑みを浮かべると
「貴女、ずいぶん小さな世界で生活しているのね。」
「えっ?」
意味が解らず聞き返す。
「お友だちが少ないって事よ。」
中川さんはドラマなんかで横柄な態度を取る人物がよくするような仕草で両手を横に投げ出した。その言葉と態度が許せなくて反発した。
「少ないですけど、大切な友達です。」
「そう、それは素敵。」
中川さんは言いながらスッと画面を撫でていく。
「では、その大切なお友だちにサヨナラを今此処で告げて頂戴。」
「はっ?」
突然の突拍子もない言い付けに頭がついていかない。なのに体から嫌な汗がぶわぁっと噴き出してきた。噴き出した汗で少し冷やされたのか少し冷静さを取り戻す。おかしい。この条件はどう考えてもおかしい。
「あの、それっておかしくないですか?私にいろんな経験をさせると言うのなら私から友達を奪う事は、私から経験を奪うことになると思います。」
「あら、貴女なかなか賢いのね。でも今、貴女に自由を与えたら確実に放課後の美容室の発売日はずれ込むだろうし、どうでもいいって考えで入られた高校で中途半端な青春を過ごす事になると思うの。10代の輝きは10代でしか得られないわ。大変なことも含めて貴女には経験を積んでもらいたいの。もちろんここで私を強く突っぱねて貴女の思い描く自由の道を突き進んでくれても構わないけど。でも、それなら私を納得させるだけの理由を答えて頂戴ね。」
いつの間にか私のお気に入りのクッションに深々と体を沈めた中川さんは期待を込めた眼差しで私を見詰めてくる。私はペタンコになったクッションの上で居心地悪くモゾモゾと動いた。何か理由を述べなければ・・・・・・。
「5・4・3・」
唐突に中川さんがカウントを始めた。
「2・1。はい、残念ね。タイムオーバー。私の言うことを聞いてもらうわ。」
「えっ、だってまだ。」
「だってまだって貴女、その様子じゃ納得させるだけの理由なんて浮かんで来ないでしょう?いくら待っても無駄。これからお友達に理由を告げて、そうね受験が終わるまで会えないと伝えなさい。でも、私も完全な鬼じゃないわ。1日だけ会う日をあげるわ。そこでこれからの事でも話し合いなさい。さぁ、電話して。」
仕方なく差し出されたスマートフォンを受け取り初めに莉那に電話する。呼び出し音が鳴るばかりで繋がらない。続いて香織。
やはり呼び出し音が鳴るばかり。諦めて電話を切り玲の番号を呼び出す。3度目の呼び出し音で繋がった。
「あっ、もしもしつぶちゃん、どうしたの?」
いつもの気の抜けたような玲の声に泣きそうになる。
「莉那にも香織にも電話、繋がらないの。」
「えっ、あの2人なら塾の講義中だよ。どうしたの?」
「もうみんなと会えないの。」
「えっ?」
「それが本を出せる条件なの。」
急に中川さんが目の前で手を振る。
『チガウデショ。』
声に出さずに言葉にする。慌てて玲に伝え直した。
「もう会えないじゃなくて、たぶん高校入学まで会えない。」
「なんでそんなに急に?!」
「それが出版の条件なの。」
「それは厳しいね。つぶちゃんはそれでいいの?」
「・・・・・・。」
話したら涙が出そうで答えに詰まる。目の前で中川さんが指を一本立てた。1日だけ。思い出し玲に告げる。
「1日だけ、みんなに会える。どこかで会えないかな?莉那と香織にも伝えて。」
「分かったよ。待ってね。」
玲がガサガサと何かを漁る音がする。
「今週の土曜はどうだろう?図書館で。ふたりにも伝えるから。」
「うん。お願い。じゃぁ、土曜日にね。玲、バイバイ。」
「つぶちゃん、僕ら隣だし、いつでも・・・」
「駄目なの。もう会えない。」
「分かったよ。土曜日ね。」
「うん。」
「さようなら、つぶちゃん。」
プツリと音がして音声が途切れる。
「終わったのね?じゃぁ、お友達のデーターは消去して。」
電話を切ると中川さんがデーターの消去を求めてきた。言われるままに消去する。
「データーを消したことは私と貴女の秘密よ。ご両親には公言してはダメ。気付かれないように過ごすこと。気付かれそうになったらそうね、忙しいって言えばいいわ。よく消せたわね。偉いわ。土曜日、楽しんで。」
確認後、中川さんから戻されたスマートフォンは私にはもう一切興味の持てないただの四角い物体に成り下がっていた。
「いつも通り持たなきゃ駄目よ。」
見透かしたように中川さんに注意を受ける。
私はスマートフォンを無理矢理ポケットに仕舞い込んだ。