中川葉子さん。
約束の土曜日、朝から気が気じゃない感じで早起きしてしまう。顔を洗うためにすり抜けたリビングでママとすれ違い笑われる。
「まどか、ずいぶん早起きじゃない?気になって眠れなかったの?」
「うん。」
「そうなのね、あそこにももう1人寝れない夜を過ごした人が居るわよ。」
ママが示した方を見るとパパがパソコンの画面を熱心に見つめていた。覗き込んでみるとパソコン画面には『出版の流れ』と出ている。パパはちょっと決まり悪そうな苦笑いを浮かべパソコンを閉じた。
「下調べだよ。下調べ。これからどんなことになるのかパパだって気になるからね。ちょっと、勉強しておこうかなと思ってさ。あっ、ママそろそろ朝ごはんって出せるかな?」
「簡単な物ならすぐ出せるけど、トーストとサラダと珈琲くらい。」
「充分じゃないか。まどか、今日は少し早いけど朝ごはんにしよう。」
「うん、いいよ。」
朝6時、パパとママと3人でいつもより1時間も早い朝食を済ませた。結局は3人とも出版社の人が来ることに気持ちが高まって寝てなんか居られなかったんだ。朝食を終え、何となくリビングで寛いでみる。心なしかみんなの纏う空気が強ばっているような気がして私は「部屋に戻るね。」と自室に戻ることにした。
ベッドに転がったスマートフォンを手に取ってみる。
一瞬、ラインを送ろうか悩んでやめにした。
手にしたスマートフォンを放り出しベッドに転がる。心地よい眠気が襲ってきて私はそのまま深い眠りについた。
「まどか、まどか起きて。出版社の中川さんがいらしたわよ。」
ママに起こされ、飛び起きる。
「えっ?嘘?!寝ちゃった!どうしよう。」
ボサボサになった髪を手で無理矢理撫で付け半分寝ぼけたままの意識でリビングに向かう。
「はじめまして。新鋭出版の中川葉子です。」
「はじめまして。円谷まどかです。」
リビングに腰かけたその人は、なんと言うかモダンな和服を着こなした赤髪のパンクな中年女性でそのロックな出で立ちからは想像できないくらい柔和な笑顔を浮かべて、優雅に出された珈琲を飲んでいました。面食らう私の心を見透かしたようにいたずらな笑みを浮かべ
「和服に赤髪なんて取り合せ、ちぐはぐでビックリよね?」
ゆったりとした口調で話し出しました。
「いえ、何て言うかお洒落で素敵だと思います。」
「ありがとう。お父様、お母様とはお話させて頂いたので、今度はまどかさん本人とお話がしたいわ。出来ればまどかさんのお部屋で二人きりで。宜しいですか?」
了承を得るためにパパとママの方に向きを変え話し出す中川さんの雰囲気は、先程までの柔らかさとはがらりと代わり有無を言わせない独特の雰囲気を孕んでいた。
「いいですよ。」
ママが答えると
「ありがとうございます。じゃぁ、まどかさん案内してくださる?」
とサッと立上がり移動を促された。急なことに驚いた私は少しどもってしまう。
「あっ、えっと、部屋はこ、こちらです。」
「大丈夫ですよ。襲いかかったりはしないから。」
その言葉に反応してパパとママが笑い、ママがポンっと私の方に手をかけて笑顔で呟いた。
「大丈夫よ。よくお話してらっしゃい。」