耀ける分野で耀けばいい。
「ただいま。」
玄関の扉を開けると、夕食の美味しそうな香りが鼻をくすぐりました。
「おかえりなさい。これ返すわ。」
いつもと変わらない様子で出迎えてくれたママの手にはスマートフォンが握られていてアッサリと自分の手元に戻ってきました。ちょっと挙動不審ぎみに受け取った私に苦笑いを浮かべたママは
「小説、面白かったわ。それから新鋭出版の中川さんともお話しさせてもらったわ。」
ドキリとする事をとサラリと告げました。
「ありがとう。」
恥ずかしくてまともにママを見れず、手を洗うためにその場をすり抜けました。
「パパも帰ってるから今日は少し早いけど、夕ごはんにしましょ。」
「うん。」
手を洗い、ダイニングテーブルにつくと、テーブルの上にはパパの大好きな煮込みハンバーグが載っていて、一足早く帰宅していたパパはご満悦でママから渡されるサラダなんかをテーブルに運んでいます。
「まどか、今日は煮込みハンバーグだぞぉ。久しぶりだなぁ。これ旨いんだよなぁ。まどか、ママ、冷めないうちに食べよう。」
「そうね。まどか、座りましょう。」
「うん。」
テーブルに座って、パパのいただきますに合わせてあいさつを交わし食事を始めました。ママの温かな美味しい料理も今日は何だか砂を噛んでいるようで味がしない気がします。
モサモサ・・・・・・。
「まどか、本出してもいいんじゃないか?」
聞こえた言葉に耳を疑いパパを見る。視線が合って大きく頷くパパ。続いて視線を走らせたママの顔は笑顔でした。
「あのな、まどか。」
穏やかな口調で話し出すパパ。
「まどかは、パパとママの大切な宝物だ。それはずっと変わらない。でも、まどかの人生はまどかの物だ。耀ける分野で耀いてくれればいいと思う。ただ、二十歳まではまどかの人生は僕らの預かりものだと思っている。まどかはもう中三で来年は高校生だ。今回は本を出すとしても、今後新しい小説を書くのは受験が終わってからにしてほしい。それを受け入れてくれるなら今回の出版の件を了承してもいいとおもってるんだけど、まどかはどうしたい?」
「小説、出してみたい。」
「そうか。じゃぁ、パパたちが決めた通り、新しい小説を書くのは受験が終わってからにしてくれるね?」
穏やかだけれど、揺るがないパパの声にこれは従わなければいけない約束事なのだと理解した。
「はい。新しい小説を書くのは高校生になってからにします。」
「パパ達の気持ちを理解してくれたんだね。ありがとう。今日ね、家に帰ってきたらママが珍しくテレビの前に居たんだよ。何していたと思う?」
「えっ、ママがテレビ?全然分かんない。」
突然のパパの質問に答えが浮かばない。ただママがひとりでテレビを見ているなんて凄く珍しい事だと思った。ママはテレビにあまり興味がなく、見るとしたらパパや私が楽しんでいる番組をちょこっとみて雰囲気を楽しむ位なのだ。
「ママはね、まどかのビデオを見ていたんだよ。うんと小さい頃のね。で、パパに言ったんだ。この頃が懐かしいって。今でもまどかの事は心から可愛いし、いとおしい存在だって。いとおしくて、可愛くてただただ守ってあげたい存在だったまどかが小説を書いて認めらて、凄く嬉しいけど、知らない間に凄く成長していて急にどこか遠くに行ってしまったみたいで淋しいって。」
言いながらパパの声が詰まっていって、パパを見ると目頭を押さえて居た。隣に座るママは静かに上を向き、目を瞑っていたけれど、その頬には涙が伝っていた。
「ご、ごめんなさい。」
なんだかとても悲しくなって謝った私にママが逆に謝ってきた。
「違うのまどか。パパもママも怒ってる訳じゃない。貴女にはまだ分からないだろうけど、貴女を生まれたときからずっと、ずっと見てきたパパとママの特別な感情なの。すごく嬉しいの。だけどね、ほんのちょっとだけ淋しいの。まだまだ手のかかる子供でいて欲しいなんてパパとママのワガママね。」
「もう、みんなで泣くのはこの辺りで終わりにしよう。せっかくのママの美味しい料理の味が分からなくなるよ。」
パパがハンバーグを口に運びながら言い、私はそうだねと相槌をうつ。
「そう言えば、来週の土曜日、新鋭出版の中川さんが出版についての説明をしたいから家にお邪魔したいって。」
「まどかの書いた小説が出版されるのかぁ。パパはいっぱい買って会社で配るぞ!まどか、サイン、宜しくな。」
「やめてよ。恥ずかしい。
」
その後和やかに夕食の時間は過ぎた。