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キングオブワークアウト。

「さあ、続いてはスクワットといこう」


 スポドリを一口飲み、息も整ったところで続きましてはスクワット。

 三種の神器というか、神器たる三種目。ビッグ3の一角たるスクワットは、下半身全体を強烈に刺激するワークアウトである。


 スクワットといえば、自重だけでもそれなりの負荷がかかるため手軽に家トレもできる種目であり、自宅で取り組んでいるなろう読者も多いことだろう。圧倒的知名度を誇り、筋トレの王様などと呼ばれることもある。キングオブワークアウト。それがスクワット。

 しかしながらこのスクワット、なかなかに奥の深い種目でもあり、癖の強い種目と言い換えてもよい。行う際にはフォームについて注意すべき事項が多々見受けられる。また、非常に強度の高い筋トレであることから消耗も激しく、圧倒的人気を誇る反面、圧倒的に嫌われる種目でもあるのだ。

 それから、圧倒的バリュエーションにも富むこともスクワットの魅力である。ヒンズースクワット、ブルガリアンスクワット、ランジスクワット、ピストルスクワット……etc。その種類は多岐にわたる。では問題、スクワットにおいて最も高強度で、最も王道なスクワットとは何か?

 答え:バーベルスクワット。


「バーベルスクワットにおいて俺が口を酸っぱくして言いたいことは二点……膝と、腰だ」


 パワーラックにかけられたバーベルシャフト。津田沼はそれを肩に担ぎ、ひょいと持ち上げる。全てのプレートが取り払われており、重量については20キロ程度しかないだろう。しかし、俺にフォームを実演するにはそれで十分だ。


「バーベルスクワットに限らず、スクワットというのは膝と腰に大きな負担がかかるトレーニングだ。フォームに十分注意して行わなければ、後々に爆弾を抱えることとなる」


 津田沼は綺麗なフォームで、ワンレップ実演してみせた。もはや芸術的とさえ言える、美しいワンレップである。グラつきもなく、機械のように制御された動きには一分の隙も見受けられなかった。


「まず、膝。スクワットは膝を大きく曲げる動きだから、ここに負担がかかるのは当然の摂理なんだな。しかし、フォームに気をつけることで無用な怪我や慢性痛を未然に防ぐことができる。……要点を手短に述べるとしたら、『膝をつま先より前に出さないこと』。それから、『かかとを上げないこと』。この2つだ」


 なるほど確かに、先程の津田沼のスクワットを見ていた限りではまったくその通りであった。


 俺も筋トレ経験が無いとは言ったものの、これまでに何度かスクワットに挑戦したことがある。しかし、津田沼の教えるスクワットと俺の自己流のスクワットでは幾分かにおいて違う様相を呈していた。


 俺が自宅で行なっていたのはおそらく、ヒンズースクワットと呼ばれるものだ。

 ヒンズースクワットはレスラーなんかがよく取り入れている種目で、腕を振り上げる反動を利用しながら、体を下ろす際にかかとを上げるやり方である。けして悪いトレーニングではないのだが、いわゆる『危険なやり方』を地で行く種目だ。一般にスクワットと混同されがちで、知らないまま行うと危ない目を見ることとなるだろう。


「そして、腰。自重だけではあまり痛めることはないんだが、ことウェイトトレーニングにおいては最も壊しやすい部位だと言える。殊更、バーベルスクワットなんかはボトムポジションで前傾姿勢を取るもんだから、非常に危ない。これについては、腰が曲がらないよう下を向かないことが大切だ。視線を常に前方へ向けておくため、前方に目印なんかを用意しておくとベターだな。あと、トレーニングベルトで腹圧を上げると怪我の予防になる」


 なるほど。ベンチプレスをやった時のノリの軽さに比べ、随分と注意事項が多い。それほどまでに、スクワットとは危険の伴う種目なのであるということだ。


「さて、長いこと能書きを垂れてしまった。そんじゃそろそろ、実際に試してもらおうか」


「おう、待ってたぜ」


 マッチョ2人はラックの高さを調節し、バーベルの位置を落とした。


 さて、早速ワークアウトに取り掛かろう。


 とりあえずはフォームの確認ということで、相変わらずプレートの取りはらわれたバーベルシャフトが掛けられている。

 担ぎ上げると、ほんの少しだがずしりと重量を感じた。しかしベンチプレス時のような脅威ではない。これなら問題はあるまい。


 バーベルのグリップを確認し、位置につく。先程津田沼があげた注意点に留意しながら、ゆっくりと体を沈めた。


「おお、なかなかいいフォームじゃないか」


「ふん、当たり前だよなあ?」


 ベンチプレスをやったためか、バーベルの感覚というものが多少なりとも理解できていた。


 持ち前の運動神経というか、いや運動神経が関わってくるかは微妙なところではあるが、やはりそこはイケメンゆえ、俺はすでに美しいフォームというものを身につけていた。

 まあ有り体に言って、初めてにしてはなかなかうまく出来ていたということである。


 軽いしね。


 このくらい余裕で————




 バーベルの軌道は真下に向かう直線から一転、ゆっくりと美しい弧を描いて後ろにのめり始めた。


「んああwww」


「うおっ、大丈夫か」


「川崎お前、体硬いな……」


 マッチョがすばやく補助に入ってくれたおかげで後頭部からのクラッシュは免れた。さすがの瞬発力である。


 しかし、なんだこれ? 正しいフォームとは言うものの、津田沼の説明したフォームは相当無理のある姿勢だった。かかとをつけたままだと、一定の高さまで下ろした時点でどうしても後ろに倒れてしまう。


「まあ、ありがちなことではある。ハムストリングか、あとアキレス腱の柔軟性がないとどうしてもバランスが崩れてしまうんだ。改善策としては、お尻を後ろに突き出したスケベなフォームにするのが手っ取り早い」


「スケベなフォームて」


 言い方だよ、言い方。


 ともあれ、バーベルスクワットというものの全体像について大分理解できた。

 フォームの難しさ、そして負荷の強さゆえに怪我のリスクも高く、決して手軽なトレーニングとは言えない。しかし脚という、人体の大部分を占める骨格筋を鍛えるには避けては通れぬ道であり、なるほど、トレーニーの道を行くと決めた者は必ずこの修羅をくぐり抜けなければならぬ宿命である。


 スクワット。


 なかなかに曲者である。

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