1rep目2/3—扉を開けると、そこにはヤンキー。
名楼高校は駅からほど近く、徒歩10分とかからずに目的のカラオケへとたどり着いた。
変な奴に絡まれた直後とはいえまあ女子もいることだし、と軽くうきうきしながらまずはドリクンバーヘ向かう。すると見覚えのある金髪。あいつは、同じクラスの荒井だな?
「よっすー荒井君! もうみんな来てるべ?」
「あ、川崎……」
テンション低っ。
心なしか荒井は青い顔をして、飲み物も持たずにドリンクバーを右往左往していた。どうした? 見た目のヤンキー具合にそぐわずキョドッているが。
「どうしたん?」
「あー……どうしたっていうか、川崎、帰ったほーいいぜ。なんていうか、ヤバイんだよ」
「え、何? いきなりトラブったの? 萎えるわあー……。まあ、俺がなんとかするってw」
「いや、まあ……。とりあえず俺は帰るわ」
「えまじで?」
荒井はそのまま、そそくさと立ち去ってしまった。早速女子とトラブったのか? 見た目に似合わずナイーブな奴だ。
正直、嫌な予感はしていた。さっきほどの変なマッチョといい、今日はどうにもおかしい。しかしここまで来て、激萎えな気分なまま帰るというのは、どうにも釈然としない。アイスココアを片手に部屋へ向かった。
部屋の中からは、ドア越しに聞こえるほどの熱唱が聞こえてきた。
いや盛り上がってるやんけ?
この音程の外しっぷりはなるほど、石塚が調子こいて歌っているなーと思い、俺は部屋の中をさして確認もしなかった。思えばそれこそが大いなる過ちだったのだろう————
ドアを開けると、
ヤンキーしかいねえ。
しかし、誰一人として見覚えのあるヤンキーはいなかった。
「おお〜!!! 川崎君! きたかー!!」
部屋間違えた? と思ったが、大音量のBGMが流れる中ではっきりと俺の名前が呼ばれたのだから間違ってはいまい。すごい声量だ。
しかしながら部屋の中に誰一人としてクラスメイトはおらず、当然女子もいなかった。
「まあ入れや!」
リーダー格らしいツーブロヤンキーの顎クイに促され、入り口近くにいたヤンキーが俺の腕を強引に引く。痛い痛い!w
俺が部屋に入ったタイミングで、ちょうど曲が終わった。点数は72点。下手くそかw
「川崎君おそかったな!」
部屋の中には総勢5人のヤンキーが巣食っていた。
「いや、あんたら誰だよ?」
真っ先に喧嘩腰なセリフが口を突いて出たのは、強引に腕を引かれたことに多少苛立ったからだろうか。
あるいは、先ほどのマッチョに比べてごく一般的な体格をしていたヤンキーに対し、少なからず増長していたのもあるかもしれない。しかし自分と比較すればやたらと体格のいいヤンキー達に肝を冷やすには、そう長い時間を必要としなかった。
「俺は3年の田中っていうんやけどなー、あ持田ァ、音量おとしいや」
「オッス」
田中と名乗ったツーブロヤンキーの命令で、画面の放送の音量が落とされる。隣部屋のBGMと店内放送だけがわずかに聞こえるばかりで、部屋は急に静まり返った。
「ごめんなあ、川崎君の友達……石塚君? たちやっけ。まあみんな帰っちゃったわ。俺が帰したんやけどな? まあ俺は川崎君に用事があって来てんねん」
「……何の用っすか。まさか部活の勧誘とか言わないっすよね」
「うはwwwww勧誘www ちゃうちゃう。俺らはまあみんなボクシング部なんやけどなー、俺個人の要件や」
ボクシング部て。
さっきのよくわからない部活といい、名楼高校にまともな部活動はないらしい。
「川崎君さあ……中学の頃、伊藤南って子と付き合ってたやろ? 流石に覚えとるよなあ」
「そりゃあ、覚えてますけど」
「それ、俺の彼女やねん」
ボクシング部の誰かが「元カノじゃね?」と呟いたが、田中が睨みを効かせた瞬間、全員黙りこくった。
「まあ、元カノよな。とっくに振られてんやもん。でその、振られた原因なんやけど……わかるか?」
「さあ……」
言い終わるが早いか、田中の右手が俺の胸ぐらを掴み上げた。勢い余り、ガツンと音を立てて俺の後頭部が壁を打った。
「すっとぼけてんじゃねーぞッッ」
「田中はん、暴力はまずいっすよ!」
「うるせー! お前らは黙ってろや」
部員の制止をもって田中の右手が緩む。しかし興奮冷めやらぬといった風で、息を荒げながらこちらを睨みつけていた。
「まあ……簡単に言えば、彼女を寝取られたわけや。お前に。仲よかったんやで? お前に彼女をNTRれる時までは。聞けば川崎君、相当なヤリチンらしいやん? 一体南とどんなプレイをしたかと思うと、もうぶっ殺したいわ」
「まあ色々やったけど」
「調子乗ってるとマジで殺すで? ともかく、川崎君が名楼に入るって聞いた時は何かの縁かなあと思ったわけや。川崎君有名やから噂はすぐに入ってくんねん。今日だって、1年に聞き込みしたらカラオケいくってすぐ教えてくれたでw」
なるほど。元カノを取られた鬱憤を晴らすべく、わざわざこんなところで待ち伏せていたという訳だ。
正直なところ、田中の諸事情は俺にはどうでもよかった。件の元カノとだって、数週間付き合って別れた程度の仲だ。第一、言い寄ってきたのは向こうだったし……。
「まあまあ部長はん、過ぎたことを追求したって何も生まれやしませんよ」
「せやなあ。まあ、過ぎたことではあるよな」
おや?
正直この状況から、ボクシング部連中にボコボコにのされて財布の中身をカツアゲされる展開まで予想していたのだが。しかし部員の一言で流れが変わった様子だ。
ひょっとしてこいつら、案外物分かりのいいヤンキーなのか?
「川崎君、俺は決して、お前に復讐をしようとしてここにきたわけとちゃう。和解っていうか、俺は川崎君と仲良くなりたいんねんなw」
「ええ……?」
「ほれ、仲直りの握手や! 俺かてわだかまりを残したまま、一緒の学校生活送りたくないもんなあ。一緒に歌って、お互い友達になって帰ろうや!」
「お、おう……?」
思ってもない展開である。いや相当に雲行きは怪しいのだが、悪いようにはならない……のだろうか?
かくしてヤンキーどもは歌い始めた。しかしこのボクシング部、揃いも揃って音痴の集まりである。きっと練習にかまけて普段カラオケになど来たりはしないのだろう。そのくせ採点を入れるから、軒並み70点台が続く地獄っぷりであった。
ヤンキーに挟まれるように座らされた俺は、逃げ出すどころかドリンクを取りに行くことすら叶わず、アイスココアをちびちびと啜ってやり過ごす羽目になった。その上このヤンキー、仲良くやろうと言った割には俺にデンモクを回さない。挙句、順番待ちのヤンキーがヤンキーさながらにセッターを吸い始めるので、デンモクが訪れない中モクの煙たさにやられっぱなしで2時間を過ごすという苦行を強いられた。
「いやー歌った歌ったw 喉イカれたわ」
「どうした川崎君? めっちゃ浮かない顔やん?w」
「いえ……」
こいつ……わざとやってるだろ。明らかに。
「そういや部長はん、1年のやつらぁ金払わずにに帰っちゃいましたよね」
「それもせやなあ……」
おや?
この流れは……。
「しゃーない、みんなで分担して払うか! みんなちゃんと財布もってきたよな?」
「あ」
その瞬間、嫌な予感が俺の体を突き抜けた。予感したところでもうどうにもならないが、この先俺の財布が辿るであろう運命をはっきりと想像することは難くなかった。
「部長はん、俺財布忘れましたわ」
「俺も」
「俺もっす」
「ワイも」
「うそやろお前ら!? ……あ。俺もやわ」
ヤンキーどもの視線は俺一点に集中した。
「川崎君、俺らはもう友達やんな!」
「えw いや、それはちょっと」
「まあ仲直りの印ってことで、ここはひとつ任せたわ! ほな、会計よろしくな〜」
言い終わるや否や、ボクシング部の連中は足早に部屋を去っていった。去り際に「また明日学校でな〜」と残して言ったのは聞き間違いであると願いたい。
しばらく呆然としたのち、残ったアイスココアを飲み干した。氷が溶けて、ほぼ水である。
こんな最悪な学校生活が幕を開けようとは、一体誰が予想できたであろうか? ラインを開くと石塚から一言、『すまん』とだけメッセージがあった。とりあえず『死ね』とだけ送っておく。
会計はしめて、一万四千円強。財布に一万五千円入っていたのは幸か不幸か。帰りの電車賃が消し飛ばなかったことに関してはせめて幸運だったと言いたい。
電車に揺られながら、俺はただ窓の外を眺めていた。人間、本当に惨めな経験をしてしまうと、不思議と涙は出てこないらしい。ただ、なんかもう全てがどうでもよくなりつつあった。楽しい高校生活など、もはや望むべくもない。
なにより最悪な1日は、今日だけで終わるはずもなかった。