トリニティ776
私達を乗せた「宇宙船」……もといタイムマシンは、分厚い雲を引き裂く様に飛行していた。
現在、何もかもが白いこの船の中では、意味不明な叫び声が流れている。
「本当だったんだね、『過去の人間は訳の分からない言葉で僕らを呼ぶ』って」
そう言ったエインは、本から目を離してモニターを見る。それもバカを見る様な目つきで。
無論、私達も彼と同じ様にモニターを眺めていた。
そこに映っているのは、芝生の上で人間が5、6人ほど集まり、何事か叫びながら嬉しそうにこちらを見ている光景だった。
この宇宙船のビデオカメラは地球上のあらゆる言語を理解し、自動的に翻訳する様に出来ているが……彼らの言葉はビデオカメラにも分からないのか、字幕には何も表示されていない。たまに素に戻った男性が、英語で話した時に「宇宙人は本当にいるんだ!」と表示されるぐらいだ。語学に詳しいエインは、字幕が表示されなくなる度に「やっぱりこんなデタラメな言葉は聞いた事がない」と嘲笑混じりに言った。
「あの人達に『宇宙人じゃなくて未来人です』、なんて言ったらどうなるんだろうなぁ」
ドリンクサーバーでコーラを注ぎながら、私は冗談めかして言ってみた。
「そりゃ、もっと驚くに決まってるだろ。自分の信じてた宇宙人様が全然違う存在だったんだからよ」
そして冗談が好きなアヴォンが、それに答えた。
私達「歴史調査班」の仕事は、タイムマシンに乗って過去を遡り、目的の文化や出来事を記録、そして研究チームへ報告する事だ。
数千年が経過すると、紙などの古い媒体は最早「遺産ゴミ」として処理する他にする事がない。そこで新しい媒体にデータを移すために、私達が身体を張って調査する必要がある、という訳だ。
私とエイン、アヴォンは、これまで何度も、過去の人間に姿を見られない様に調査してきた。それが研究チームからの命令だったからだ。けれど、今回は違った。
彼らはあろうことか、「過去の人間が『UFO』に対してどの様な認識を持っているのか調査してこい」と命令を下したのだ。
無論、「高月給だから」という単純な理由でこの仕事をやっている私達が断れる訳もなく、渋々タイムスリップし、現在に至る。
「そもそも、宇宙人がこんなのに乗るかよって話だよな。空を飛ぶより地上を走ってた方がよっぽどいいのにはだいぶ前から気づいてる。人間のフリをして、車に乗って、英語やら日本語をペラペラ喋る奴が大半だ。奴ら、自分達の中に宇宙人がいる可能性の方がよっぽど高いって事も知らずにバカ騒ぎしてやがる。ははは、お笑いだな!」
……だが、私達が受けた命令はこれだけではない。
私がエインにアイコンタクトすると、彼はこくりと頷き、アヴォンの元へ近づいた。
「バカは君だ、アヴォン。未来人でさえ宇宙人の謎をほとんど解明出来ていないのに、何故そんな事を知っている?」
「……へ?」
エインが素早く麻酔薬を注射すると、アヴォンはその肌を黒く変色させながら気を失った。
私達の受けたもうひとつの命令は、「宇宙人の捕獲」だ。
「いやはや、驚いたよ。こんなにあっさりと捕まえられるモノだったなんて」
エインは『宇宙人』を高電圧ケージに収容した後、再び嘲笑した。
「そうだなぁ。この調子なら、あと3匹ぐらいは捕まえられそうだ。そしたら、ボーナスもたんまりもらえるんじゃないか?」
ケージで無様に眠っている大金のモトを見て、私達はほくそ笑んだ。
人間の本質はいつだって変わらない。未来人も、金銭面においては貪欲なのだ。