また裸かよっ
「また裸かよっ」
九郎は思わず拳を固める。
「確か前は、皇帝が俺を裸に剥いて処刑するとか言ったな。どこまで下品な連中だっ」
フォートランド世界では普通なのだが、長らく日本で暮らした九郎としては、もはやそのやり方は野蛮に感じてしまう。
それに今回は麗の問題なのだ……アイドルの霧夜麗が九郎の側近だと知るのは、少なくとも国内ではほとんど知る者がいない。
裸とか処刑以前に、顔を晒されるだけでも、致命的だろう。
……知らないうちに、内心の考えを声に出していたらしく、当の麗(外見はエイレーン)が激しく首を振った。
「いえ、わたしがアイドルになったのは、元々九郎さまの気を引くためでございました。ですから、正体がわかるのは全然構わないのです」
きっぱりはっきり言い切り、青白い顔で低頭する。
「それ以前に、上手く隠しておいたと思った自分の身体を、敵に探し当てられたことからして、これは麗のミスです。お許しを頂ければ、この不始末は麗自身の手で」
「駄目だ」
皆まで聞かず、九郎はきっぱりと首を振る。
「全ての指示を出したのは俺なんだから、最終的な責任は俺にあるんだよ。だいたい、麗を一人で送り出して何かあったら、今度こそ取り返しがつかない。俺は、誰も失うつもりはないね」
リビングの椅子にどさっと座り、考え込む。
ルイとユウキが顔を見合わせていたが、そのうちユウキが遠慮がちに尋ねた。
「では、あの不届き者の要請を、今だけは呑みますか?」
「それも却下」
一考することなく、九郎は即答した。
「わざわざ乗っ取ったテレビ局まで使ってそんな要請するんだから、近々、日本にとって致命的な動きをする予定があるってことだろう。見過ごす危険は冒せない。……ただ、一つだけ、連中が想定していないことがあるんだ」
ちらっとルイの方を見ると、さすがに元娘だけあって、彼女は鋭かった。
「距離の問題ですね?」
「当たりだ」
九郎が大きく頷く。
「通常、ポゼッションを行うためには、当事者本人ですら、ごく至近まで相手に接近する必要があります。しかし、父上の膨大な魔力をもってすればポゼッションの代行が可能ですし、距離が多少離れていても、儀式を行えます。儀式にかける時間も、ごく短くて済みましょう!」
「その通り!」
「それなら、このユウキもとうに気付いておりましたわ」
ユウキが得意顔のルイを横目で睨む。
「しかし、おそらく麗王女の身体が捕らわれているのは、連中の旗艦でしょう? 十数隻に及ぶ魔導戦艦の艦隊ですが、大多数の艦は地上に近い位置でシールドを保持しているのに、一隻だけ飛び抜けて高度を取っている艦があります。もしあれがそうなら――」
「わかってるよ、ユウキ」
既に考えていた九郎は、肩をすくめた。
「さすがにこの地上からでは、俺の力をもってしても儀式の代行は無理だ。……だが、それなら可能な距離まで麗と一緒に近付けばいいだろう? 俺達だとバレなきゃ、警告を無視したことにはならないしな」
途端に、心配そうに見守っていた森川が、両手を叩いた。
「なんとかなりそうなのねっ……よかったあ」
我が事のように笑顔を広げた。
「なぜおまえが気にするんだ?」
ルイが心底不思議そうに尋ねたが、ユウキも――そして当事者の麗も、おおよそわけがわからないと言いたそうな表情だった。
森川本人のみが、気にせず笑っている。
「だってわたし、麗ちゃんは昔から嫌いじゃなかったもの。CDだって何枚か買ってる――」
途中から気まずそうに麗が見ているのに気付き、森川は慌てて首を振った。
「と、とにかく……一緒にいる人が困ってるんだから、なんとかしてあげたいって思うのは、自然なことだと思う」
ああ、この子はやっぱり良い子だなぁと思う瞬間である。
これがユウキやルイだと、九郎の決断次第では、麗など見捨ててしまうかもしれない。二人揃って、九郎に対する忠誠心はずば抜けて高いのに、互いの結束は弱いのが困りものである。
「よし、では早速作戦を」
九郎が言いかけた途端、スマホが振動した。
画面表示を見ると、先程別れたばかりの反乱軍のリーダー、四郷である。
首を傾げたが、とにかく通話ボタンを押す。
「四郷さんか? ヤケに早い連絡だな」
『すいません。まだ決心がついたわけじゃないんですが……実は、貴方に会わせろという人が押しかけてきまして』
「ここじゃ、たんなる学生に過ぎない俺に?」
九郎は仲間に目配せして、音声をオープンにした。
知り合いなど、そういないはずなのだが。