敵に大打撃を与える自信はある
ただ、九郎はなるべく無視はせず、質問に対しても自分の知る限りのことを教え、もちろん一番大事な「上空の空中戦艦十数隻が、それぞれ担当区域を封鎖して、都内全域にシールドを展開している」という事実もきっちり知らせた。
敵が教えてくれるはずはないので、封鎖の真相をここまで正確に聞いたのは、彼らにとっても初めてのことだったはずだ。
一通り話し終わると、今度は四郷やドライバーだった神原を始め、全員が一斉に話し始めたが、さすがに四郷が皆を止めた。
「待った、待った! そんな一度に好きなことを話しても対応できないだろう。……ここはまず、真っ先に僕が訊いておきたいんですが」
俺は、異世界における元魔王だと九郎が自己紹介したせいか、四郷の話し方は丁重だった。
「それで、敷島さんは、僕らに助力してくれる気があるんですよね?」
「そのつもりだよ」
九郎は大きく頷いた。
「どうやって助力したものか悩んでいたところでね。前にポゼッションの相手がわかるリングをばらまいたけど、帝国の連中はそのまんま次の段階に侵略を移行させちまったしな。これで、都内の住民が誰も決起しないようなら、もう自分達で戦うしかないかと思っていた」
「……で、貴方にはその力もあるわけで?」
長髪が特徴の陽気な神原が尋ね、九郎はこれにも頷いた。
「敵に大打撃を与える自信はある。ただ、反撃の仕方によっては、都内――いや、日本にも大きな影響が出てしまう。だからできれば、正面対決は避けたいんだけど」
「大きな影響って?」
今度は、ユウキを見て最初に「ワンワンだっ」と叫んだ女の子が質問した。
そこで、九郎は分かり易くぶっちゃけてやった。
「極端な話、俺が上空の戦艦をぶち落としたとしたら、墜落した巨大戦艦が都内に落下して大打撃だよな?」
「あ、ああ……なるほど」
「そりゃ、まあなあ」
「要するに、核兵器みたいなものなのねぇ」
意外と、みんな納得してくれた。
……実は、墜落の被害を抑える方法もあるにはあるが、九郎はなるべく「なら全部魔王さんでナントカっ」と言われるのを避けるつもりである。
だから、すかさずこう付け加えた。
「それに、さっきの話でもちらっと触れたけど、俺が前世で生きたあの世界じゃ、俺個人の戦闘力に頼る部分が大きくて、俺が退場した後の魔界は、もうかなり帝国に押し込まれている。第二の故郷となった日本で、わざわざ二の舞を演じたくないんだよ」
「お気持ちはわかりますぞ、父上っ」
ひどく奇異な目で皆から見られているのをモノともせず、ルイが男のように腕組みする。
「前にもお話しした通り、魔界の帝都で会った四将軍の生き残り達は、本当に弛んでましたからなっ」
「……別に残ったみんなに責任はないさ」
九郎は自嘲気味に呟く。
「生前の俺が、やり方をミスっただけだ」
九郎は半ば冗談、半ば本気でルイを見やる。
そこへ、おそるおそる四郷が話しかけてきた。
「あのぉ。その帝国の連中なんですが……複数の巨大戦艦で魔術的なシールドを張り、封鎖しているのはわかりました。しかし、どうしてまた、彼らは都内のみにそんな処置をして、中でふんぞり返っているんでしょう?」
「これはまだ推測ですが、私が説明しましょう」
今まで不機嫌そうだったユウキが、ぱっと椅子の上に飛び乗った。
ただし、椅子が絶望的に小さいので、本人は前足を机に載せて踏ん張っていた。
「魔法文明と機械文明が融合したようなフォートランド帝国では、全てに効率が重んじられるようです。そして、新興国であるかの国が最初に他国を侵略した時のやり方が、まさに『ハンティング』と呼ばれる、あのシールド戦法なんです。最初にそのやり方を試みて以来、後はほぼ、兵力の差を生かした正攻法にチェンジしましたけど」
「そりゃ俺も初耳だ」
九郎も思わずユウキに注目した。
「俺が向こうで崩御した後のことだからな。どういう手順なんだ?」
「父上、ルイも――ルイも説明できますよっ」
などと、しきりにルイが九郎の服を引っ張ったが。
あいにく、ユウキが得意そうに鼻を上向け、さっさと先に説明を始めた。
「まず、想定される敵国内で、もっとも人口が集中する、経済的な要というべき地域をあのシールドで全面封鎖します。そして、まず真っ先にシールド内の敵を完全制圧してしまう。つまり、敵の最大戦力を各個撃破するのと同義ということです。それが完遂された後で、今度は一層広い地域をシールドでカバーして同じことをやります。……気がつけば、敵には抵抗する力など、残ってはいないというわけですね」
場が静まり返った。
正直、なんとなく「中枢に打撃を与えるのが目的か」という予想はしていたが、九郎にとっても新情報だと言える。
九郎の顔に「もう少し早く教えてくれ」という苦情を読み取ったのか、ユウキは慌てて付け加えた。
「とはいえ、帝国のこのやり方は、早い段階で放棄されていました。確実ではありますが、時間が掛かりすぎるのと、そこまで広い範囲をシールドでカバーするのが難しかったので。当時は、そのシールドをぶち破る魔法使いも、皆無ではありませんでしたし。ですから、てっきり私も別の作戦かと」
「でも、ここじゃ有効なやり方だな?」
ルイが唇の端を歪めて、若い抵抗軍の面々を眺める。
「魔法なんか使える奴はいそうにないし、帝国のシールド技術も、巨大戦艦のジェネレーターで魔力補強されている。問題は、時間がかかるってだけだ」
死者に鞭打つようなものであり、リーダー格の四郷でさえ、がくっと肩を落としていた。
「……まあ、そのあんた達が手出しできない部分は、俺達がなんとかするよ」
さすがの九郎も、そこは妥協するしかなかった。