ワンワンではない
やがて、階段を下りる騒々しい足音がして、ノックの音がした。
九郎が「どうぞー」と声をかけると、どやどやと若者達が入ってきた……本当に十名近くいるようだ。
しかも、既に面識があるリーダーの四郷とドライバーの陽気な神原を含め、全員が若い! いや、九郎の方こそ、彼らの誰よりも若いが、それでもこれが「レジスタンス(抵抗軍)のメンバーです」と言われると、驚くくらいにはみんな若い。
正直言って大学生くらいの年齢だろうし、しかも四名は女子だった。
全員、九郎よりも金髪戦士のルイを見て、「うっ」となって立ち止まったが、後続の女の子の一人が、「うわあっ、本当に大きいワンワンがいるっ」と明るく叫び、たちまち静けさが吹っ飛んだ。
「え、ホントだっ。床に座ってたから気付かなかったわっ」
「ワンワンだよね、もの凄くおっきなワンワンだよねっ。ワンワンっ」
「うわあ、この子が戦ったのー。純白で格好いいのに!」
「えーーっ。それより、むしろ可愛くない? 乗れそうなほど大きいけど」
女の子達はたちまち九郎達のことはうっちゃり、その足元に座ったユウキの方へ殺到してきた。先に四郷達が「安全だ」と保証していたようで、臆することなくやたらと手が伸び、純白の毛並みを撫でまくる。
ワンワン、ワンワン、ワンワーンッと、意味不明な呼び声があちこちから洩れた。どうも、鳴き声を聞きたくて、ユウキを呼んでいるらしい。
四郷が苦笑して九郎に低頭したが、呆れていた九郎は気付かなかった――が。
ユウキ自身がうんざりしたのか、途中でくわっと大口を開き、牙を剥き出した。
「ワンワンではありませぇーーんっ。私は狼ですからっ!!」
いきなりでっかい声で怒鳴る。
「どこがワンワンですかっ。狼ですようっ。見分けがつかないのですか!」
……九郎的には、「むかついたのは、そこ(犬扱い)かよ」と思ったが。
「きゃああああ」
「しゃ、しゃべったああああ」
「だから、しゃべると話しただろ?」
「でも、まさかと思うじゃない!?」
「だよねえ、だよねえっ。由美、こわかったあっ」
蜘蛛の子を散らすようにユウキから散った女子達が、未だにわいわい騒ぐ。メンバーの他の男性連中は、ため息交じりにそれを見ていた。
どうも、彼女達が騒ぐのは、よくあることらしい。
代わりに、ほぼ同時にユウキとルイが活を入れた。
「あなた達、我が君の御前ですよっ。大人しく座りなさいっ」
「黙らないか、貴様達! 父上に失礼だろうがあっ。しまいにはぶった斬るぞっ」
立ち上がったユウキの迫力も相当なものだが――。
なんといっても、真紅の全身一体型バトルスーツ姿で、大剣をがしっと床に突き立てたルイの仁王立ちした眼力はとてつもなく、たちまちまた室内が静まり返った。
「ち、ちちうえって」
女の子の一人が震え声で訊き返したが、ルイがぎろっと睨むと、たちまち「きゃんっ」と悲鳴を上げ、席についた。
それを合図に、ようやく全員がばらばらと席に着く。
一番九郎達に近い位置に座ったリーダーの四郷が、すまなそうにまた低頭した。
「大変失礼しました……ご覧の通り、抵抗軍といっても両親を失ってやむなくとか、おおよそ今回の事件で否応なく戦うことになった者ばかりで……」
「いいよ、別に。まあ、楽しくやるのは悪いことじゃないさ」
九郎は肩をすくめ、まだ仁王立ち中のルイの背中を「ほら、おまえも座れ」と叩いた――つもりが、腰の位置が想像以上に高かったため、モロにお尻を叩いてしまった。
途端に、今の迫力が嘘のように跳び上がるルイである。
「ひゃんっ」
自分でやっておいてなんだが……片手でお尻を押さえてジャンプする姿が、妙に可愛かった。
あと、想像以上によい感触で、九郎は柄にもなく慌てた。
てっきり、こいつの全身は筋肉質で、固いものだとばかり思っていたのだ。
「わ、悪かった。でも、わざとじゃないぞ」
「い、いえ……」
もじもじと首を振り、ようやく最後にルイが席に着く。
今ので印象が変わったのか、組織のメンバーは全員が目を丸くしてルイを見ていた。
「ええと」
ルイのためにも、九郎は言い訳がましく説明しておく。
「まあ今見たように、ルイは歴戦の戦士ではあるけど、中身は意外と女の子っぽいところもあってな。怒鳴った件については、あまり気にしないでくれ。ただ――」
九郎は彼らが主に自分以外のルイやユウキを交互に見ていることに気付き、やむなく軽く自分達の立場を説明しておくことにした。
まだ全面的に信用することはできないが、話しておかないと、ユウキやルイの存在に説明がつかない。
「一応、話し合いの前に俺達がどういう立場かざっと説明しておく。なかなか理解し難いと思うけど、今から話すことは全部本当のことだ」
最初にそう断りを入れ、九郎は掻い摘まんでこれまでの状況を説明した。
本来、信じ難い話なので、疑惑の声が上がりまくると思いきや……先に人語を話すユウキや、迫力の女戦士ルイを見ていたせいか、意外にもそういう声は全く上がらなかった。
ただ、一番最初に手を上げたのが女の子の一人で、九郎が「なにか質問でも?」と愛想よく尋ねると――彼女は好奇心ではち切れそうな瞳で、「ま、魔王さんがいるなら、やっぱり勇者もいるんですかっ。は、ハンサムの?」と身を乗り出すように訊いてくれた。
……先が思いやられると言わざるを得ない。