前世での死因
四郷は申し訳なさそうに首を振った。
「いや、あいにく詳しいことは僕も知らない。ただ、嘘みたいな話だけど、あそこの軍人達は皆、指揮官の女性は本気で勇者だって信じてたな。誰一人、疑っていないようだった」
「勇者が珍しいのか、この世界は?」
ルイが眉をひそめて尋ねた。
「勇者なんてものは、滅ぼしても滅ぼしても、次から次へと現れるものだろう」
『おぉーーーー、やっぱりあんたら、異世界の人なんだー』
運転席の方から、神原と名乗った青年が興味深そうに叫んで寄越した。
『こっそり陰から戦いぶり見てて、そうじゃないかと思ってたんだなあ、俺。はははっ、こりゃいい話のネタだっ』
……運転席の神原とやらは、とことん陽気な青年らしい。
ルイがむっとした顔をしたが、九郎に叱られたせいか、叱責は堪えたようだ。
「いやまさか……でも、そういや連中は」
四郷はチラチラとユウキや九郎の方を見てブツブツ言っていたが、そのうち決然と告げた。
「そろそろ僕らの隠れ家に着く。お互い、そこで情報交換しないか――いや、しませんか。どうやら貴方がたは、かなり複雑な背景をお持ちのようだし」
なぜか敬語に変化した四郷に、ルイは「そうだ、わかればいいのだ。父上に対して不敬は許さないぞ」と一人で頷いていた。
四郷は「父上」というセリフに目を白黒させていたが、口に出してはなにも言わず、低頭したのみである。おそらく、またルイに怒鳴られるのが、嫌だったのだろう。
彼らの隠れ家とは、秋葉原から数駅ほど離れた山の手線沿いにある、図書館らしかった。
入り口は全て板切れで封鎖されていて、「無期限休館」の札が掛かっているが、彼らの仲間はそこをアジトにしているらしい。
「とはいえ、男女合わせて十名ほどですけどね」
四郷は謙虚に説明しつつも、「ただし、敵から奪った武器などを、かなり秘匿してます」と多少は自慢そうにも見えた。
その手の武器のコレクションで言えば、文字通り倉庫満杯分持っている九郎から見れば、微笑ましい限りだが、それでも徒手空拳じゃないのは心強いかもしれない。
四郷はまず、九郎達を地下の会議室のような場所に案内し、「しばらくお待ちを。みんなを連れてきます」と挨拶し、出て行ってしまった。
その後、一階の方で仲間らしき何名かが叫ぶ声がしたが、どうやら四郷の無事を喜んでいるようだ。
自分達だけになると、ルイが待ってましたとばかりに、椅子ごと九郎にくっついてきた。
(近い、近いぞっ、元娘っ。パーソナルエリアという概念を知らんなっ)
苦情を言いたいところだが、本人が当たり前のような顔なので、言いにくい。
まあ、九郎自身もバトルスーツ姿の女の子にくっつかれるのは、悪い気分ではないが。
「父上、連中をどう思われます?」
「それをこれから判断するのさ」
九郎はルイに笑いかけた後、ユウキに命じた。
「ユウキ、悪いけどこっそり連中の様子を窺ってきてくれ。まさかとは思うが、罠じゃないとも言い切れないしな」
「ちょうど、私も探ろうと思っていたところです」
鋭い牙を全部剥きだして笑うと、ユウキは器用に前足でドアを開け、音もなく出て行った。彼女は不可視化の魔法も使えるし、これで裏切られても事前にわかるだろう。
「あの弱っちい連中が裏切ったところで、知れていますが……仮にそんな気がなくても、父上のお役に立つでしょうか?」
「早い話、ルイはこう言いたいわけだろ? 連中なんか仲間にしても、無駄だと」
「そう、そういうことですっ」
得たりとばかりにルイが大きく頷く。
「このルイに命じてくだされば、今すぐにも飛んでいって、敵艦内で暴れまくってやります。誓って、目障りな魔導艦をまとめて叩き落としてやりますからっ」
「いや……おまえ、自分の死因を覚えているか」
ちょうど二人しかいないので、九郎はずばり切り出した。
再会してから、一度は言っておかねばと思っていたのだ。
「いえ、それは……」
「当時の勇者と一騎打ちを挑んで、相打ちとなったのが原因だったろ」
「そ、そうですがっ、ルイはきっちり敵の勇者も冥府へ――て、あたたっ。な、なんですか、父上っ。痛い、痛いですって」
九郎が目立つポニーテールをぐいぐい引っ張ってやると、たちまちルイが情けない声を上げた。とはいえ、密かに嬉しそうにも見えたが。
「冥府もメイドもないんだよっ」
九郎はきっぱりと言い切った。
「親より前に娘が死ぬとか、本末転倒だろっ。あの時、どんなに俺ががっかりしたか、知らんだろうな、おまえっ。ああ、段々思い出してむかむかしてきたっ」
「す、すいません」
「今頃、ショボくれた声出しても駄目だっ」
ポニーテールの手触りがよいもので、九郎はやや調子に乗って引っ張りまくる。
「今度ばかりは、絶対にあの時の二の舞は避けるからなっ」
「ご心配は嬉しいですが……」
困惑したように言いかけたルイは、途中からはっとしたように迫ってきた。
「あ、そういう深謀でしたかっ」
「わっ。なんだよ!」
ていうか、さりげなく胸がデカいな、こいつっ。
「このルイ、ようやく腑に落ちましたっ。なるほど、連中を味方に引き入れるのは、そういうことですかっ。つまり、我らの盾というわけですねっ」
さすが生粋の魔族戦士、ひどい誤解である。
しかし、理由がわかったと思い込み、ルイがやたらと上機嫌になったので、九郎はもう放っておくことにした。
ちょうど、ユウキが戻ってきて、「間もなく彼らがここへ。……今のところは、我が君に悪感情など持っていないようです」と報告してくれたからだ。
(ここで袂を分かつか、それとも共に戦うか……話し合い次第だな)
九郎は腕組みして、四郷達を待つ。