元魔王とヴァンパイアの激突
「おいおい、れっきとした魔族が俺に戦いを挑むのか」
刀を正眼に構えつつも、九郎が呆れて首を振ると、アーネストと名乗った男は、申し訳なさそうに笑った。
「いえいえ、あいにく我が輩、この世界の魔族ではありませんでな。最近迷い込んだ、風来坊のようなものとお考えください。……そして困ったことに、強者を見ると、どうしても己の力を試したくなるタチでしてっ」
「へぇえええ。向こうのヴァンパイアは、昼間でも平気なのか?」
九郎が感心して尋ねると、相手はニヤッと笑った。
「陽光など、もはや我が弱点にあらず……はは、実は我が輩は特別でしてな。その意味では、まさに新たな時代の真祖なのですよ」
「それは興味深い。確かに俺に挑戦する資格はありそうだ」
素直に褒めてやると、アーネストは心底嬉しそうに破顔した。
「どうやら、互いに良き敵に巡り会ったようでそうなっ」
次の瞬間、怒濤の勢いで斬りかかってきた。
九郎は真っ向からその斬撃を受けたが、さすがに人間離れしたパワーだった。
強敵であることは間違いないだろう。
「おお、人間の姿とはいえ、さすがに世界の覇者となりし者っ。見事に受けましたな。……ちなみに、あなたの特技だという絶対支配空間――そう、サンクチュアリでしたか? なんならそれを使ってくださっても構いませんぞ!」
「いやいや……遠慮しておくよっ」
返事と同時に、九郎は身を沈めて足払いをかけたが、アーネストは体重など存在しないように、ふわりと浮き上がってこれを避ける。
それでもあきらめず、跳ね起きた九郎が着地したアーネストに襲い掛かる。何度か斬り結びつつ、あえて余裕で話しかけてやる。
「あんたが飛び道具でも使うならともかく、正面から剣で挑戦してきているのに、そんな姑息な真似はできないだろっ」
「はははっ。これは予想と違い、律儀なお方だっ。そういう矜持は、我が輩でも嫌いではありません、なっ」
こちらも返事と同時に、大きく飛び退いて間合いを空ける。
逃げるのかと思ったが、それは九郎の勘違いだった。
「ならば、我が神速の剣技でお相手致すっ――残影剣!!」
「よし、勝負だっ」
ほぼ同時に、九郎もその場を飛び出す。
疾走した両者は残像を引きつつ、そのまま交差し、互いに向けて渾身の剣撃を放った。
「ぬおっ」
「ははっ」
アーネストは肩口を浅く裂かれ、九郎は脇腹を浅く斬られていたが、九郎はむしろ込み上げてくる笑いを抑えきれなかった。
「いいな、あんた! 目覚めてから初めて、ようやく本気でやり合おうって相手に巡り会った気がするぞっ」
「我が輩も同じ気持ちですな」
さっきは派手に鮮血を散らしていたくせに、もう出血は止まったらしく、アーネストが心底嬉しそうに笑う。
「しかし、ヴァンパイアが血を流すなど、まさに本末転倒っ。決着を着けましょうぞっ」
九郎も全く異論はなかったが、そこでタイミング悪く、麗が叫んで寄越した。
「九郎さまっ。敵の制圧を完了しました」
途端に、九郎はその場で大きくジャンプし、彼を跳び越えて遥か先の仲間の元へ降り立つ。
「……悪いな、アーネスト。今は相手できないっ。こっちにも都合があってな。この勝負、預けさせてくれっ」
即座に追ってこようとしたアーネストに叫ぶと、彼は意外にも立ち止まった。
「貴方は卑怯者ではないし、立場もよくわかり申す。では、再戦のお約束を頂けますかな?」
「約束するっ」
皆を促して駆け出しつつ、九郎は叫んだ。
「必ずまた、立ち会おう!」
そのまま駅前広場を抜け、九郎が先頭で中央大通りの方へ走った。
「よし、追っ手はないっ。向こうも律儀らしくて、助かった」
一度振り向き、誰もついてきていないことを確認する。
大通りへ出たところで、シークレットガーデンを発動しようとしたが――。
ルイが前を指差して叫んだ。
「父上っ。誰か、我々に呼びかけていますぞ!」
ルイの言う通りだった。
歩道に沿って立つ小さなビルの前で、見覚えのある男がこちらに呼びかけるように手を振っていた。
「あの者、麗が解放した捕虜の一人ですわ」
麗に言われ、九郎は首を傾げた。
ならば、見覚えがあるのも道理だが……逃げたはずの捕虜が、なんの用だろう。