いざ、尋常に勝負っ
「九郎さまっ」
エイレーンにポゼッションした麗が、こちらに気付いて叫んだ。
「お気をつけください。姿が見えなくなりましたが、兵士達とこの者以外にも、敵がいるはずですっ」
「わかった!」
九郎は漆黒の刀を振り上げながら叫んだ。
「だが麗、もう退いていい――というか、退いてくれっ。捕虜のほとんどは既に逃げ、俺達の目的は達成した!」
九郎がそう叫ぶ間にも、二度三度と敵の女戦士が斬撃を繰り出し、麗が鞠のように何度も跳んでその剣撃を避けている。
その動きはさすがだが、彼女らしくもなく息が上がっていて、これはおそらくエイレーンにポゼッションしているせいだろう。
「ユウキ、俺の背後を頼むっ」
「ははっ」
狼形態のユウキが頼もしく応じ、次の瞬間には巨躯を翻し、まだ未練がましく魔導銃でこちらを狙っていた兵士達に飛びかかっていく。
「うわっ、こっちへ来た!」
たちまち、まだ残っている兵士達が動揺した。
「死にたくないなら、さっさと逃げなさいっ。後ろから狙う卑怯者は殺すわっ」
とはいえ、その数は最初よりかなり減じている。
このわずかな時間にルイが暴れまくったせいだ。
「最後の始末は、このユウキがつけましょうっ」
「適当でいいぞっ。どうせ後から後からいくらでも増援が来るんだっ。引き上げることが最優先だから、なっ」
最後の「なっ」を発したと同時に、九郎は麗と女戦士の戦いに、強引に割り込んだ。
ガィイイインという派手な金属音がして、九郎の漆黒の刀と敵の魔剣が激突する。
「今のうちだ、麗っ。退いてくれ! こいつは俺が押さえる」
「し、しかし」
九郎を置いていくことをためらっているのがわかるので、もう一度叫んでやった。
「ルイとユウキ達に協力して、残った連中を倒すか退けてくれっ。それが済んだら、俺も退く」
「はっ」
言い方を変えたお陰で、今度こそ麗は走り去った。
ただし、最後に一言、付け加えた。
「九郎さま、その女は勇者を自称しておりましたっ。心配などしませんが、一応ご注意を!」
「わかったっ」
ようやく周囲から味方の影が消えたところで、九郎は初めて女戦士と目を合わせた。
鍔迫り合いの最中だが、こいつの剛力と落ち着き払った態度は、確かに並の戦士とは違うかもしれない。
それに……この純白の髪と薄赤い瞳を見つめていると、どうも落ち着かない気分になる。相手から感じるプレッシャーだけが原因ではないと思うのだが。
「おまえ……何者だ」
「寂しい言われようですね、魔王ヴェルゲン……いえ、今は敷島九郎といいましたか」
なぜか彼女こそ寂しげな笑みを広げると、鍔迫り合いの最中なのに、いきなり後方へ跳んだ。
「我が名はリュクレールです……少なくとも今は。あいにく、ここで貴方の相手をするわけにはいきません。約束がありますからね」
「俺が知るかっ」
九郎は吐き捨て、身を翻そうとした。
目的を達した後で、ぐずぐずする意味などない。そっちが戦わないなら、退くのみ――そう思ったからだが、あいにく、敵が逃がしてくれなかった。
『我が輩のわがままを聞き届けてくださり、恩に着ますぞ勇者殿っ』
虚空から声がしたかと思うと、九郎の退路を塞ぐように霧状の「何かが」前方に現れ、そのままマント姿の男に変貌した。
そんなことが出来るのはヴァンパイアくらいのものだが……今は昼間だし、それに彼らは、間違ってもかつての魔王に立ち向かったりしないだろう。
「なんだ!? まさかヴァンパイアじゃないよな、特殊なギフトか?」
「いやいや、我が輩は紛れもなくヴァンパイアですとも」
こいつは被っていたシルクハットを脱ぎ捨て、さらにマントまで外して投げ捨てた。
その上で、深々と一礼する。
「お初にお目にかかる、この世界の魔王陛下。憚りながら、このアーネスト・D・ヴァランタインがお相手いたすっ」
言下にステッキを振ると、それがそのまま刀となった。
「いざ、尋常に勝負っ」