お目覚めになったのですか、我が君?
「覚えてないのか? 霧夜麗はアニメキャラ寄りの当たりだとか、ドレスがすげーとか、明るい子でダンスも完璧とか褒めまくってたぞ、おまえ。挙げ句の果てに、『こういうファン活動は、アニメと違ってお互いにひっそりと楽しもうぜ!』とか、わけのわからんことを――」
言いかけ、九郎は途中で気付いた。
……軽薄さが服着て歩いているようなこの山岡が、そんな殊勝なこと言うのはおかしい。
いや、当時も微かに疑問に思ったのだが、今になって余計にそう思う。
「おまえこそ、わけわからんこと言うなって」
山岡自身が呆れて指摘した。
「俺がそんな地下活動じみたことするかって。どうせ応援するなら、クラス中に広める勢いであちこちしゃべりまくるし、おまえとだって語り合うに決まってるだろーが」
「そう……だな。そりゃ、そうだ」
ひょっとして、これも麗の得体の知れない力かもしれない。
ようやく、九郎はそこに思い至った。
だいたいあの子(麗)が魔王に助けを求めたのは、彼が魔界を統一した直後だったと言ってたはずだ。にも関わらず、その後何百年も一緒にいたようなことをほのめかしていた。
となると、麗はもはや普通の人間ではないかもしれない。
「……チャームとか、そんな力かね」
「なんだそれ?」
山岡が身を乗り出した。
「もしかして、封神○義がまたアニメ化するって話のアレか? コミックで、妲己がチャームみたいな力、使ってたよな、なっ」
「む、無駄に詳しいな、おまえ……しかも、ネタが古いし」
我に返り、九郎は首を振った。
「だが、その話じゃない。だいたい、俺が今関わっているのは、さらに危なそうな話で――」
「どんな危ない話かしら?」
『わあっ』
いきなり背後から声をかけられ、九郎と山岡は揃って声を上げた。
振り向けば、いつの間にか二人の後ろに担任の結城先生が立っていて、笑顔で見下ろしている。今更のように香水の香りが漂ってきた。
「ま、まだHRの時間じゃないはずです……が」
ワンレン風にまとめた長い髪を颯爽と掻き上げる先生に、山岡がしどろもどろで言い訳する。
「別に叱りに来たわけじゃないですよ。安心して」
いつもの慈悲深い声音で言われ、これまた二人同時にため息が洩れた。
「ただし、敷島君はちょっと先生と来てね」
「え、俺!?」
九郎はびっくりして自分の顔を指差す。
「もうすぐHRなのに?」
「そう。HRなんか、もうどうでもいいのよ」
信じられないことを言うと、結城先生はぐるりと周囲を見渡して声に出した。
「HRは自習とします。先生はちょっと、私用ができましたから」
はっきりとそう告げ、素早く九郎に目配せしてきた。
話があるというのは、マジらしい。
「おまえ、なにしたんだよ? もしかして、停学? 停学沙汰かっ」
嬉しそうな声でのたまう山岡に顔をしかめて見せ、やむなく九郎は先生に続いた。なにしろ、もう一人でさっさと先へ歩いて行くのである。
生徒の立場としては、ついて行くしかない。
ちょうど、教室を出たところでHR開始のチャイムが鳴り響く。
廊下もたちまち閑散としていって、周囲には誰もいなくなってしまう。
そのタイミングを待っていたかのように、結城先生はふいに立ち止まった。
振り向いて、意味ありげな顔で九郎を見やる。大人びた瞳が大真面目に見つめてきて、九郎はさすがに戸惑ってしまった。
次の瞬間、先生は驚天動地なことを述べた。
「……お目覚めになったのですか、我が君?」
すぐに返事ができるはずもなく、九郎は絶句した。
なんで先生がっ。