前夜の痴話喧嘩
「よし、こっちはこれでよしと」
エイレーンとのコンタクトを終えた九郎は、ため息をついて右手をぐるぐる回した。
座り続けで肩が凝ってきたような気がする。
今いるのは、引っ越してきたばかりの地下拠点で、九郎は絨毯敷きのリビングの床に座り込み、持ち物の整理をしているところである。
珍しくそばに女の子達がいないのは、森川が夕飯を作る手伝いをしているからだ。
食事担当的な役割となった森川の料理を手伝い、自分達も料理の腕を上げようというわけらしい。
まあ、下心があっても、これをきっかけに仲良くなってくれるなら、九郎としてはなんの文句もない。
「父上、何かお手伝い……て、なにをしてるんです?」
……せっかく感心してたのに、薄い部屋着のみのルイが、興味津々の顔でリビングに入ってきた。
「なんだ、夕飯の支度を手伝ってたんじゃないのか?」
「いえぇえええ、ちょっとそれも考えましたけど……森川? あの子の包丁捌き見て、潔く諦めました。ありゃ駄目ですね、真似できない。ルイは剣を扱う役目で満足します」
からりと言ってのけ、声を上げて笑う。
潔いといっていいのか、迷うところである。
「それで、父上はなにを? 随分と楽しそうですが」
なぜか剣やら魔導銃やらが散乱した床を見て、目をぎらつかせた。
この子は、見た目は金髪碧眼かつ、モデル体型の美女だが……その本性は、戦うことが三度の飯より好きな万年戦士タイプなので、非常に危ない。
「いや……ほら、魔法のマジックボックスがあるだろ? 俺のマジックボックスって、実は前世で魔王の俺が所有してた、私的な倉庫と繋がってるんだよ。俺の死後、別に誰も弄ってないみたいだから、今のうちに明日使う武器を選んでおこうと思ってさ」
あと、あの倉庫になにが入ってたのか、自分でもあんまり覚えてないし……という部分はあえて言わなかった。
「そうだ、後で剣技の練習に付き合ってくれ。遅すぎるけど、今のうちに勘を取り戻しておきたい。下手したら、明日は斬り合いだか撃ち合いだかになるかもだし」
「喜んでおつきあいしますともっ」
そこまで喜ばんでも……と九郎が思うような、ルイのはしゃぎぶりだった。
おまけに九郎の真横に座って、自分も剣や刀を嬉しそうに手にし始めた。
「……なにか入り用なものがあったら、譲るぞ」
二人きりになったのは久しぶりなので、九郎は穏やかに言ってやった。
「魔王時代の俺の所有物だから、間違ってもナマクラはまじってないはずだ」
途端に、感激したようにルイが九郎を見る。
「父上は……以前より、優しくおなりですね……」
「な、なに涙ぐんでるんだよっ」
返って九郎の方が焦ってしまった。
「元は可愛い娘なんだから、これくらい普通だろ?」
自分も慣れる必要があるので、ぎこちなく肩に手を回して揺すってやった。
「まあ、互いにその役割を思い出すのに、時間がかかるかもしれないけど」
……どうでもいいが、肩に触れると、恐ろしく華奢な骨格でビビる。馬鹿力だし、見た目より逞しいんじゃないかと思っていたのに、とんだ勘違いだった。
意外といえば、九郎が触れた途端、いきなりふにゃっとルイの身体から力が抜けて、肩にもたれ掛かってきたことも。
「な、なんだ?」
「いえ……そういえば、父上が父上だったのは、前世でのことだなと……ふいにそう思いました。今生では、互いに別な世界で、別な家庭に生まれたわけですよね?」
「まあ、うん。……それがどうかしたか?」
似合わぬ遠回しな言い方に、九郎は用心深く尋ねる。
「いえ、つまりその……今生では前世のことは忘れ、単純に男と女として、互いの関係を深めるというやり方もあるのではないかと愚考――」
そこまでルイが言いかけた刹那、ドバンッと激しくキッチン側のドアが開いた。
「まさしく愚考ですねっ」
乱入してきたユウキが、鋭い口調で言ってのける。
「だから、今生では恋人同士ですかっ。有り得ませんよ、そんなの!?」
「わあっ」
「ななっ」
九郎とルイは、二人して飛び上がりそうになる。
「ユウキ、貴様っ」
弾劾を無視して、ユウキがびしっとルイを指差す。
「貴女はどこまでいっても娘、ただの娘ですからっ」
「……死にたいのか、貴様はあっ」
弾かれたように立つルイを止めようとした九郎だが、ユウキの背後に麗や森川まで揃っていることに気付き、脱力した。
どうやら、揃って盗み聞きしていたらしい。
(まあ……こんな痴話喧嘩できるのも、今のうちかもしれんが)