無慈悲な味方に殺されるよりマシよっ
陸士長に昇進したばかりだったエイレーンは、皮肉なことに、最初の任務で早くもつまずき、処刑されることになってしまった。
しかも、屈辱的な公開処刑という方法によって。
ただの脅しだと思いたいところだが、既に明日の処刑に備えて、地上の、軍が接収したビルに連れてこられ、そこの一室に閉じ込められている。
冗談ごとではない証拠に、夕食を持ってきた兵士の一人が、同情たっぷりの目つきで「明日の朝食は、貴女のお好きなものをご用意します」とも言った。
エイレーンが自分の処刑を完全に信じたのは、この時だったかもしれない。
確かに失敗は認めるが、そもそも軍部だってあの魔王に手を出せずにいるのだ。
なのに、士官学校を出たばかりの自分に、責任を取れというのかっ。
この無情な仕打ちで、彼女の皇帝への忠誠心など、既に吹き飛んでしまっている。
さっさと逃げたいところだが……ドアの外には兵士が立哨しているし、ここは高層階で、窓から逃げるのも無理である。
せいぜい、閉じ込めらた部屋から外を眺めているしかない。
『やあ……久しぶり』
「ええっ!?」
いきなり声が聞こえ、エイレーンは飛び上がりそうになった。
『声を出したり、騒いだりしない方がいい。そっちの心にコンタクトしてるから、そばにはいないし、その部屋も見張られている可能性がある』
忠告され、エイレーンはたちどころに黙り込んだ。
今までと同じく、わざとらしくため息をつきながら、ベランダに出る。元は現地住人の部屋のようだが、ベランダがあったのは幸いだった。
『魔王ヴェルゲン……なの?』
試しに心の中で話しかけてみると、案の定、ちゃんと返事があった。
『その通り。……動く前に、あんたに訊いておこうと思ってね。どうかな、あくまでも軍に忠誠を誓い、黙って処刑されるつもりかな?』
『冗談じゃないわっ』
エイレーンは即答した。
『だいたい、後から兵士に聞いた話では、あのナナキ将軍だって、貴方に敗れたというじゃない? それなのに、新米の私を死罪にするなんて、むちゃくちゃよっ』
『うん、俺もそう思う……だいたいエイレーン、あんたが公開処刑のメンツに入れられているのは、多分、俺を誘い出す布石の一つってことだろう。そこで、提案だ』
心の中の声は、思わせぶりに一拍置いた。
エイレーンがどきどきしつつ待っていると、期待していた通りの声がした。
『そっちが逃げたいなら、話は早い。実は、日本人の捕虜も、何人か処刑される予定になっている。彼らと一緒に、あんたも助けようと思うんだが……どうかな?』
『助けて、お願いっ。私は……まだ死にたくないわっ』
『よし、話は決まった! 幸い、俺はあんたを解放する前に、その身に魔力的な印を残してある』
『し、印!?』
エイレーンが思わず胸元に手をやると、魔王の声は慰めるように告げた。
『ああ、なんか脱がしてなにかしたとか、そういうことじゃない。こうしていつでもコンタクトできるようにしてあったとか、まあそんな意味。……そこで、その利点を生かして、あんたに一つ頼みたい。もちろん、救出作戦の一環として』
『なんでも言って!』
エイレーンは、これにも即答した。
『閉じ込められている身ではあるけど、助かるなら、なんでもやります!』
『よろしい。では、時刻を指定するから、そのまま待機してくれ』
『なにをやればいいのっ』
重ねてエイレーンが尋ね、魔王が詳しく教えてくれた。
……聞いた瞬間、エイレーンは安請け合いしたことをちょっと後悔してしまった。
(いえっ。それでも、無慈悲な味方に殺されるよりマシよっ)
そう考え、なんとか自分を奮い立たせた。
そう、これは生き残るための戦いなのだっ。