森川の心配
実は、魔王としての記憶や意識が戻り始めた最初、九郎はルイと似たようなことを考えていたし、なんならついでに、元のフォートランド世界も救ってやるなどと思い上がっていた。
しかし……時間が経つにつれて、考えが変わってきている。
それでは、全然根本的な解決にならない。
ルイがきょとんとした顔をしているのを見て、九郎はあえて説明した。
「前にも言った覚えがあるけど、連中を追い出すにせよ制圧するにせよ、この国に住む者が中心にならなくて、どうする。僅か数名の転生者やよそ者がぱぱっと解決したりすれば、次に同じことが起これば、さらにひどいことになるに決まってる。ユウキ達は、既にその例を嫌というほど知っているだろ?」
これはもちろん、自分達の元の故郷である魔族領を指して言ったものだが、ユウキ達三人は、たちどころにそのことを理解したようだった。
「そういえば、ジャニスを始めとする三将軍は、父上が今の窮地を救ってくれないか、密かに頼っていましたぞ」
ルイが大いに納得したように頷いた。
「無論、このルイが腑抜けた連中に活を入れておきましたが」
「おまえが本気で活を入れると死者が出そうだから、今後は控えろよ」
九郎はルイのポニーテールを軽く引っ張り、自重を促してやる。
しかしルイは、むしろ照れた笑みを浮かべ、くすぐったそうにしていた。本当にわかっているのかと言いたい。
右隣に行儀良く座る森川が見ているのに気付き、九郎は咳払いして続けた。
「こほん。それで次に麗、外からの動きは?」
麗は礼儀正しく低頭した後、落ち着いて報告した。
「都内封鎖は相変わらず完璧です。最初にスクランブルをかけた戦闘機は、シールドの外壁に衝突して爆砕して以後、戦闘機が近辺に飛来してくることはありません。しかし、敵兵の一人を捕らえて聞き出したところ、在日アメリカ軍基地から派遣された部隊と自衛隊の合同軍が、周囲を抱囲しつつあるようです」
シールドの向こうは白く濁ったようになっていて、外の様子が窺えない。おまけに、ほとんどのテレビ局は、現在進行中で敵に抑えられつつある。
一応、今もリビングのテレビを点けているが、流れているのは都内で発生している暴動の様子と、帝国軍の広報ばかりだ。
従って、これは目新しい情報だった。
「……彼らに、あのシールドが突破できるかな」
「ご存じの通り、あれは魔導技術によるものなので、魔力によらない兵器だと、まず無理でしょう。核兵器でも持ち出すなら、別でしょうが」
麗が即答し、ユウキやルイもそれぞれ頷く。
「仮に、俺達がシールドを破壊しても、かえって被害が拡大する気がするな……この本土でドンパチなんてやられた日には、死者がザクザク増えちまう」
九郎は息を吐き、皆を見た。
「それに俺は、解放した捕虜の件も気になる」
「あの……最初の捕虜である、女士官に関する情報ですか? 確か、エイレーン?」
「そんな名前だった、うん」
この地下住居で、九郎がフォースルール(強制支配)にかけて尋問した士官は、既に記憶を消して解放しているが――その士官が、気になることを教えてくれたのだ。
つまり、「もうすぐ裏切り者の公開処刑があり、自分も同じ士官として見学に呼ばれている」と。
どうやら、彼の心にそのことがずっしりと重くのしかかっていたようで、真っ先に公開処刑のことを教えてくれた。
まあ、よほどの悪趣味でもない限り、朋輩の処刑シーンなど見たくないだろう。気持はよくわかる。ただ、気になった九郎がさらに詳しく聞き出すと、なんと処刑の相手は、彼より先に捕らえたエイレーンのことらしいとわかった。
以前、九郎の手で捕まえ、同じく尋問の後で解放してやった女士官である。
「記憶の消去は完璧だったし、まさかろくな証拠もなしに極刑に処すとは思わなかった。こりゃ俺のミスだし、助けてやるのが筋だろう」
九郎が腕組みして述べると、右隣の森川がなぜか腕を引っ張った。
「なにか?」
九郎が優しく訊くと、自信なそうに言う。
「それ……怪しくないかしら」
「怪しい? つまり、捕虜がしゃべった情報は、敵の仕込みってことかしら?」
ユウキが興味深そうに身を乗り出した。
「わからないですけど、でもわたしが敵の人なら、敷島君を一番問題視するだろうから……なにか策を考えるような気がしました」
一同が顔を見合わせたその時、「あっ」と麗が声を上げた。
「九郎さま、テレビ画面をご覧くださいっ」