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ヴァンパイアの真祖、勇者に面会を請う


 フェリクスとの打ち合わせを終えたリュクレールが部屋を辞すると、待ちかねたように兵士の一人が近付いてきた。

 どうも、本当に彼女が退出するのを廊下で待っていたらしい。


「なにか?」


 リュクレールの方から尋ねると、まだ若い彼は迷うような素振りで告げた。


「実は……勇者殿に面会を希望する者が艦内に現れまして」

「私のことは、リュクレールと呼び捨ててでいいですよ」


 まずは優しくさとした後、リュクレールは小首を傾げた。


「今、『艦内に現れた』と言いましたか?」


 この魔導戦艦ブラックアローは、今も高度二千メートルの空中にある。

 おいそれと現れたりできないはずなのだ。


「艦内に潜んでいたということですが?」

「いえ、本人曰く、『さっき到着したばかり』とふざけたことを言いました」

「それが本当なら、空を飛べる種族ということですね」


「信じ難いことですが、本人はそう主張しています。その者は勇者殿――いえ、リュクレール殿の私室の前でぼさっと立っているのを巡回の兵士が見つけまして、当然、即座に拘束したのですが……問いただすと『勇者の女性にお会いしたい』と言うだけで、他は一切、話そうとしないのです。そこで、一応はお耳に入れようかと」


「会ってみましょう」


 リュクレールは即決で答えた。


「よ、よろしいのですかっ」

「構いませんよ」


 兵士を促して自ら歩き出しながら、リュクレールは頷く。


「この旗艦に乗り込んで来るからには、冗談ごとじゃないでしょう。重要な用件があるのなら、聞いておきたいですしね」






 呼びに来た兵士は、艦内廊下を歩き、さらに階段を下りてどんどん下の階層へ下りていく。

 最後に行き着いたのは、独房が並ぶ区画で、もはや最下層の船底付近だった。

 捕虜を一時拘束したり、軍規に反した兵士を一時拘束する場所だが、帝国の兵士はおおむね規律正しく、滅多に使われることはない。


 今も、ずらっと並ぶ独房は空ばかりで、塞がっているのは狭い通路の突き当たりに位置する独房のみである。

 その牢内のベンチに、異様な男が腰掛けていた。

 漆黒のマントを羽織り、タキシードに近いような大仰なスーツを纏った、痩身の男である。金髪で、瞳はリュクレールと似て、薄赤い。


 顔は細面ほそおもてではあるが、口髭を蓄えた紳士然とした印象を受ける。

 おまけに、銀色の龍を象った握りのある、ステッキまで手にしている。

 年齢は……二十代から四十代まで、いずれの年齢にも見えた。


「……まあ」


 少々意外な容貌だったので、リュクレールが思わず笑みをこぼすと、相手もなぜか破顔した。


「はははっ。これはこれは、美しいお嬢さん。勇者の噂を聞き、一応会うだけは会ってみようと思って本船を訪ねたのですが、どうやら正解でしたかな」


 ばさっとマントを捌いて立ち上がると、彼は芝居がかった態度で一礼した。


「お初にお目にかかる、勇者殿! 我が輩の名はアーネスト・D・ヴァランタイン。ヴァンパイア一族の真祖として、知らぬ者はいません……元の世界では」


「これは珍しいですね。つまり、転移者ですか」

「さよう。我が輩が望んだわけではありませんがな」


 さすがのリュクレールも意表を衝かれたが、真っ先にこう尋ねずにはいられなかった。


「しかし、今はまだ夜ではありませんが。どうやってここまで来られたのです?」

「それこそが真祖を名乗る所以ゆえんですよ、お嬢さん。この我が輩は、史上初めて太陽光を克服したヴァンパイアなのです」


 誇らしそうに胸を張る相手を、兵士が気味悪そうに眺めていた。

 しかし、リュクレールは逆に、かなり彼に興味を持ちつつあった。今のところ、彼は一つも嘘をついていない……それがわかるからだ。


「ここの鍵を――」


 兵士に頼もうとしたリュクレールを、アーネストは片手を上げて制した。


「いえ、お構いなく。大人しく牢に入ったのは、貴女への敬意のつもりでしてな。別にその気になれば、いつでも出られますとも」


 そう言うと、いきなり彼の身体がぶわっと霧状に崩れ、そのまま牢の外に収束して、元の姿に戻った。


「これ、この通り」

「頼もしいお方ですね……うふふっ」


 あんぐり口を開いた兵士を尻目に、リュクレールは頬に手を当ててコロコロと笑った。

 本当に頼もしい方……味方になってくれたら、さぞかし心強いでしょう。


 

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