貴女は、やたらと魔王にお詳しいですな
艦隊司令官兼、侵攻軍総指揮官のフェリクスは、謁見の間から艦内の私室に戻っている。
そこで、皇帝から「勇者」として紹介された少女と改めて顔を合わせ、恥を忍んで尋ねたものである。
つまり、「魔王とおぼしき少年は、先日、我らの包囲網をくぐり抜けて何処かへ姿を消しているが、貴女には見つける算段があるのか?」と。
この少女……リュクレールは、実にあっさり述べた。
「なにも、こちらから彼を探す必要はありません。そんなことをすれば、仮に見つけても逃げられるでしょうし、戦えばより被害が増しましょう」
白銀というより、純白の髪をした彼女は、冷静に指摘する。
「まだ力が戻りきってないとはいえ、彼の本質はかつての魔王そのものですから」
「ふむ……私とて、魔王の支配下にあった時代に生きていた世代です。魔王の力はよくわかっているつもりですが」
「では、そろそろ違うやり方を試みませんか?」
こちらを見る薄赤い瞳はいたわりに満ちていて、フェリクスを落ち着かない気分にさせた。
自分は既に敵に逃げられているわけで、ここは素直に頷く他ない。
「……賛成ですな。既に、ナナキも敗れていることですし」
椅子を勧めても座ろうとしないリュクレールを見上げ、フェリクスは真っ直ぐ尋ねた。
「では、貴女の考えを聞こう、勇者殿。彼を倒すのに、なにか策がお有りか?」
「ございます」
打てば響くようにリュクレールが頷く。
「魔王ヴェルゲンは、冷酷な部分と情の深い部分とが同居する戦士でした。おそらく今も、それは変わりますまい。ならば、その情に訴えればいいのです。具体的には、彼の方からこちらへ出向くようにすればよろしいでしょう」
「彼の方から……と言いますと?」
ヤケに魔王に詳しいですな? と訊きたいところを我慢し、フェリクスは問い返す。
ここで初めて、リュクレールは自分の考える作戦を説明してくれた。
聞いていて、彼女が意外にもこちらの内情に詳しいことに、フェリクスは驚きを禁じ得なかった。到着したばかりだと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「なる……ほど。しかし、貴女の言う作戦を実行するには、それなりの下準備がいるかと思いますが?」
「ご安心を。既に陛下の許可を得て、味方の中に罠の種を蒔いておきました。先程伺ったところでは、魔王は既に包囲網を突破しているとのこと……その時、味方に被害は出ていませんか?」
「死者はいませんが、士官を一人、捕虜に取られました」
我ながら忌々しい声音でフェリクスは答えた。
デスクを叩きたい気分である。これでまた、こちらの内情が敵にバレるわけだ。
「それでは、罠の第一段階はもう成功していますわ。向こうが捕虜に取られた者を尋問すれば、自然と魔王の行動を誘導できます」
「それはまた……」
フェリクスの声が自然と険しくなった。
あらかじめそんな罠を仕掛けていた彼女に驚くが、司令官である自分が何も聞かされていなかったことに、微かにむっとしたのである。
忠実な軍人といえども、フェリクスにもプライドはある。
「フェリクス様に事前説明がなかったことを、謝罪します」
意外にも、彼女は即座に低頭した。
「皇帝陛下が、万一、フェリクス様が魔王を獲り逃がした場合に備え、今回の件は秘密裏に行えとお命じでしたので」
「なる……ほど」
皇帝の差し金とあれば、フェリクスも腹立ちを抑える他はない。
ただ、その気がなくても、どうしても嫌みっぽい口調になってしまう。
「して、貴女の狙い通り、魔王は動くでしょうか?」
「彼が昔と変わらぬ戦士なら、間違いなく自ら動くでしょう」
断言するリュクレールに、フェリクスは幾度となく思ったことを、今回も口に出しそうになった。
『貴女は、やたらと魔王にお詳しいですな』と。
どうも訊いて欲しくないような表情なので、もちろん本当に尋ねはしなかったが。
それに、この件に皇帝が関わっているとなると、フェリクスにも作戦を邪魔する権限などないのだ。
「そういうことなら、私も協力は惜しみませんぞ」
忠義の軍人らしく、彼は礼儀正しくそう結んだ。