ふつつか者ですが
断言してしばらく待ったが、森川は俯いたままだった。
「以前、自分が死にたくなったことがあるから、わかるんだよ。あの時の俺と、同じような目つきしてる気がするからな」
優しく水を向けると、ようやく小さい声で返事があった。
「だって……パパとママはもういないし、お金目当ての親戚の人のところになんか、行きたくないもの」
「それが理由ならさ――」
言いかけ、九郎は思わずためらう。
前世が魔王とはいえ、自分の社会的立場は相変わらず中学生に過ぎないのに、そんなこと提案していいのかと思ったからだ。
それに、森川は戦士ではなく、本気で普通の中学生である。
今後戦いも激化するのに、本当にこんな提案していいものか。
……などと九郎が悩んでいると、逆に森川は希望を持ったらしい。顔を上げて、熱心に九郎を見つめていた。
いや、そんな期待されても困るのだが。
やむなく、まず質問してみた。
「あー、森川って、料理とかできる?」
「お母様に言われて、料理教室……通ってました……!」
胸に片手を当て、真摯な表情で教えてくれた。
料理教室と来たましたか! 俺、そんな習い事があるのすら、知らなかったぞっ。まだ中学生の女の子なのに、お嬢様すげーな。あと、前はママと呼んでいたのに、今は「お母様」と呼んでいる。多分、こちらが本当の呼び方だったのだろう。
いろんな疑問はあえて押し込み、九郎はヤケクソで提案してやる。
どのみち、なにがなんでも森川の自殺は止める気だったのだ。
「それならさ、俺達と一緒にいる? 面倒ごとは、全部俺がナントカするから。料理が得意なら、正直助かるよ。うちのメンツだと、そこまで料理できそうな子がいなくてな」
「それは……本当に敷島君が望むこと……なの?」
懸命な目つきで森川が言う。
「本当に俺が望むことだ」
九郎は大きく頷く。
食事事情が貧相だったのは、紛れもない事実である。
「俺は、告白してくれた子に、自殺なんかしてほしくない。森川が他にやりたいことがあるなら無理にとは言わないが、特にないならぜひともお願いしたい。現状、コンビニ飯が多いのは本当だしさ」
「わ、わたしは……」
少なくとも、心が揺れているのは事実らしいので、ここぞとばかりに九郎は畳みかけた。
「あと、俺だってクラス内でマドンナ的存在の森川のことは、別に嫌いじゃなかった。今までは高嶺の花だと思って意識してなかったけど、これからはわからないだろ? その意味じゃ、告白の件もまだ保留も同然じゃないか」
そこまで言っていいのかためらいはあったものの、森川の自殺を止めるためなら、この際、なんでも試すつもりである。
それに九郎としては、嘘をついているつもりはない。
実際、教室内で森川をぼけーっと見つめていたことは、一度や二度や三度ではない。嫌ったことなど、一度もないと断言できる。
まあそれは、クラスの男子のほぼ全員がそうだろうけど。
それでも段々恥ずかしくなってきてしまい、九郎は熱くなった頬を無闇に撫でた。もう秋なのに随分と暑いな、今日はっ。
「ここまでぶっちゃけたんだし、思い直してくれ」
最後に、森川の方へ身を乗り出し、懸命な声を出す。
ユウキ達には見せられない姿だが、これでも人の命がかかっているのだ。
こちらも上気した顔の森川を、じっと見つめる。
半時間も待った気がしたが、実際には十秒もかかっていなかったはず。沈黙していた森川が、泣き笑いの顔で口を開いた。
「わたし……も、敷島君と一緒にいたいです」
「よかった!」
どっと肩の力が抜け、九郎は思わず森川の手を握った。
「さっきも言ったが、後のゴタゴタは任せてくれ。森川の気が済むまで一緒にいよう……なっ」
「……はい」
森川は自分も左手を出して、握られた手の上に重ねてくれた。
「ふつつか者ですけど、どうか末永くお願いします」
いや……嫁入りの挨拶じゃないんだから。
生真面目な森川に、九郎は内心で突っ込んだ。