森川薫子を連れて来た理由
今度の避難先はユウキの選定らしく、地上部分は入り口だけという、珍しい造りの家だった。
ユウキが前に見つけて買い取った物件のようだが、以前の持ち主は外国の要人だそうな。
もはやこれは、普通の家というより、セーフハウスというのが妥当かもしれない。
なにしろ、住居はほとんど地下にあり、地上部分はほぼないに等しい。見た目は、単なる柵で囲われた空き地にしか過ぎず、入り口は別にあったりする。
なんと、道を挟んだ向かいの、閉鎖された月極駐車場の中に入り口があるのだ。
そこにポツンと建つ管理人小屋の中にドアがあり、そこから階段を下りて地下通路出て、十メートルほど進んでようやく実際の住居空間へ行くという……まさに、嘘のような造りである。
しかも、地下のくせにその住居空間も4LDKだとか。
最初に建築した奴はよほどの変わり者か――あるいは実際に四六時中、命を狙われるような立場か、そのどちらかだろう。
「秘密基地みたいだなあ」
ユウキ本人の嬉々とした説明を受けた九郎は、褒め言葉というより呆れた気分で感想を述べたが、本人は素直に受け止めたようで、笑顔で礼を述べた。
「ありがとうございますっ。非常時に備えて大金を払った甲斐がありました」
「……これだと、襲われた時に逃げる場所がなくなるんじゃないの?」
密かに、ジャンケンで負けて自分の案を引っ込めたという麗が、地下通路を通る時に言ったものである。
ちなみに通路は狭かったが、ちゃんと蛍光灯が装備され、通路を煌々(こうこう)と照らしていた。
「四方八方からジャカスカ襲われる、さっきの高層マンションよりマシよっ。だいたいここ、逃げるための別通路もあるからね!」
「要は、二カ所の出口を押さえれば、終わりということだな? 大した砦とも思えぬ」
呆れた顔でやりとりを聞いていたルイが、醒めた声音で言う。
金髪をポニーテールにまとめたルイは、覇気のある美貌のせいか、女騎士や、女侍とも評すべき風情がある。
ただ惜しいことに、九郎以外の者にはとことん愛想がなかった。
「ルイに言わせれば、おまえ達は本当に変わり者だ。父上に同情するぞ」
「どういう意味ですかっ」
「麗も一緒くたにされる意味がわかりません」
膨れっ面のユウキと、冷ややかな表情の麗が同時に言う。
途端に、立ち止まったルイがぎらっと二人を睨む。今回は自分のことじゃないのに、怯えた森川が、またしても九郎の背中に隠れたほどである。
「おまえ達、このルイに対して、なんという口の利き方かっ」
そこらの不良が震え上がるようなドスの利いた声だったが、あいにく、ユウキと麗には通じなかった。
「私は我が君のファミリアであって、その他の者は我が君の敵か味方かの区別のみですが。そのようなこと、とうにご存じのはずでは?」
「麗が愛しているのは九郎さまのみなので、他人はその辺のモブな通行人も同然です……つまり、どうでもいいですわ」
奇しくも、表現は違えどほぼ同じ内容で言い返していたが、麗はとくに容赦なかった。おまけに、九郎自身が赤面するような内容である。
ルイも、麗の返事の方がぎょっとしたらしく、彼女に向かって「このルイの前で、ぬけぬけとよく言ったぞっ」などと言い捨て、いきなり虚空に手を伸ばそうとした。
もう武器を手にしようというのが丸わかりで、九郎が慌てて止めた。
「やめろって。ここで仲間割れしてどうするっ」
少し言葉がキツくなったのは、森川がまたショックを受けた表情を見せたからだ。
こんな場所までこの子を連れて来たのはただの勢いではなく、九郎的に大事な話があったからなのだが、どうも森川が動揺するばかりで、落ち着いて話すどころではなかった。
「ごたごたしててすまない、森川。家に着いたら、真っ先に話そう。そのために来てもらったんだし」
「……おはなし?」
ようやく少し落ち着いた森川が、小首を傾げる。
「今までが今までだもの……信じられないような事情があるのは、わかってるわ」
「いや、いろんな説明も当然だけど、特に森川に話しておきたかったことがあるんだよ」
九郎はきっぱりと言い切り、歩みを再開する。
その後から、捕虜を含めて全員がぞろぞろ従ったが……ユウキを始めとして、女性陣が全員、森川の背中を胡散臭そうに眺めていた。
敵兵を見るような目つきだったのは、言うまでもない。