リアル女に興味ナシ(友人談)
事情があったとはいえ、禁断のお願いのせいでだいぶ居たたまれなくなり、九郎は他の質問は後日のこととして、早々に自分の部屋に引き上げた。
ただ、これまでは隣の気配が全くなかったのに、もはやバレたせいか、以後は普通に生活音がすることに驚く。
別に耳を済ませるまでもなく、麗が大きな音を立てた時は聞こえてしまうのである。
一度など、夜中に壁を静かにノックする音がして、九郎が「なにかな?」と試しに返事をしたところ、「お食事……作りましょうか」と割と普通の声で聞こえた。
このマンション、壁が薄すぎだろというか、これは絶対になにか特殊な力を使っている気がしてならない。幾らなんでも、そこまで声が素通りのわけがあるまい。
まあ、本音を言えば、手作り料理も食べたかったのだが……あまりベタベタして勘違い男だと思われても困る。
あの様子では、向こうはむしろ親密な関係になりたがっているようにも思うが……そう感じること自体が勘違いかもしれないではないか。
「しかし……本人の印象とテレビの霧夜麗の印象は全然違ったな」
寝る前に部屋に貼ってあるポスターを眺め、九郎は一人で唸る。
ポスターの麗は、ひらひらのアイドル服でポーズを決め、にぱっと笑ってウィンクなどしている。かなり明るいキャラとして売り出しているのだ。
本人が明言したように、あれはあくまでキャラ作り……というか、彼女の言葉を信じるなら、九郎の好みに合わせたということになる。
今一つ信じ難い話だが、そのことを考えただけで頬が熱くなり、九郎は首を振った。
「寝るか」
部屋の隅に置かれたベッドに転がり、九郎は大きく息を吐く。
着替えるのもめんどくさいので、このまま寝る所存である。どうせ両親は出張中でいないし、咎める者はいない。
ただ、寝る前にちょっと茶目っ気を起こし、九郎はごろりと転がり、壁側を向いた。
これなら聞こえないと確信するような声音で、「おやすみ」と呟いてみる……もちろん、ほんのジョークのつもりだった――が。
『はい! おやすみなさいませ、九郎さま。どうぞ、よき夢を』
これまた、かなりはっきり返事が……しかも、即答で聞こえ、九郎は飛び上がりそうになった。こ、この子……まともにそうに見えて、実は本気でヤヴァイのではっ。
昨日のことがあったので、九郎は翌朝はコソコソと支度し、抜き足差し合いで登校した。
夏休みが終わって間がないので、3-Cの教室の中はダレた雰囲気が漂っていたが、少なくとも目当ての友人は既に来ていた。
隣の席に座る、山岡という男である。
入学以来の友人で、アニメやらゲームやらで趣味の共通点が多い。
そして――誰あろう、霧夜麗の存在を教えてくれたのが、こいつなのである。
「おお、敷島! 今日は早いな。昨日のアニメ、どうだった」
昨日の早退がサボりだったことを知る山岡は、いの一番に尋ねてきたが――九郎的には、「そういや、そんな話もあったな」程度の記憶で、行きそびれたことすら忘れていた。
今や、それどころではないのだ。
「いや……それはまあ置いて。おまえ、確か俺に霧夜麗のことを勧めてくれたよな、去年?」
九郎は、隣に座った途端に問い詰めた。
「……は? なに言ってんの、おまえ?」
なぜか山岡は、盛大に顔をしかめた。
「俺、リアル女に全然興味ないって、言わなかったっけ?」
きっぱりはっきり、言い切る。
「特に、アイドルなんて劣化したら終わりじゃんよ」
「はあっ!?」
九郎は思わず声を上げた。
――廃人的な、駄目すぎる返事は置いて。
あれだけ熱心に勧めたくせに、知らんだとっ。