少女誘拐犯
ナナキという女士官とやりあった日のことを思うと、九郎としてはいろいろ背筋が寒くなる。
戦いのことではなく、ナナキが倒れた後のことで。
娘の転生だと主張する少女と抱き合っている九郎を見て、森川は明らかに蒼白な顔になっていた。
それはもう、全ての希望を失った者の目つきで、九郎は「そこまで絶望せんでもっ」と密かに思ったほどである。
素早く「いや、この子は俺の娘なんでっ」と説明したいのは山々だが、金髪碧眼かつ、自分より年上の女の子を「俺の娘だからっ」とは、なかなか言いにくい。
信じてもらえるはずがないからだ。
だいたい、正確に言えば、「元娘」となるだろう。
しかも、さらにめんどくさいことに、複数の警官が走ってきて、九郎が念のために展開しておいたシールドにぶち当たり「うおうっ」などとおっさん臭い悲鳴を上げて、その場に尻餅をついていた。
「通れないぞっ」
「い、異世界人の力か!」
「応援要請しようっ」
などと口々に騒いでて、九郎は頭が痛くなった。
「……父上、なんなら向こうの娘共々、ルイが殺してきましょうかっ」
胸の中で、ふいにルイが提案した。
私、お役に立てますからっとばかりに、目が輝いていた。こいつも人殺し平気なタイプらしい。
「えっ」
「ええっ!?」
九郎と、そして警官と一緒くたにターゲット扱いされた森川が、同時に声を上げる。
これでようやく我に返り、九郎は素早く教えてやった。
「いや、後から説明するが、みんな俺の同朋なんだ。それと」
ルイをそっと押しやり、森川がいる待合所に戻った。
「今の聞いてたと思うけど、あの娘と俺は父子という関係なんだ。これも後で説明するけど、元々俺も、異世界からこの日本に転生した身なんだよ」
「い、異世界……から?」
無理もないが、即座についていけないらしく、森川は余計に混乱した顔つきだった。
だが少なくとも、「恋人同士というわけじゃないかも」と思ってくれたのか。最初ほど顔色は悪くない。
「悪い、ちゃんと説明はするから、今はここから脱出しよう。警官もだし、野次馬連中も大勢集まってきた」
早口で言うと、「ごめんっ」と声だけかけて、九郎は素早く森川を抱き上げた。
途端に身を固くした森川が大きく息を吸い込んだが、九郎の目を見つめてから、素直に身を預けてくれた。
「よくわからないけど……敷島君は嘘をついてない気がする」
「ありがとっ。ちゃんと説明するからな! で、ルイっ――て、おまえその顔なんだよ」
口を半開きにしてわなわな震えているルイに、九郎は眉をひそめた。
「ち、父上が……女の子を抱いてるっ」
「しょうがないだろ、飛ぶんだから! ほら、すぐに脱出するぞっ。俺についてこいっ」
説明する時間も惜しいので、九郎はそのままふわっと空に浮かんだ。
「きゃっ」
森川は驚きの声を上げてしがみついてきたが、少なくとも恐怖の悲鳴を上げたりしなかったので、九郎はほっとした。
ただ、シールドを解除した途端、警官の群れが前のめりに倒れ、九郎達を見上げて森川の分まで叫んでいた。指まで差して、ガンガン喚いている。
中には「しょ、少女誘拐犯だっ」と叫んでいる奴までいて、「違うわっ」と思わず言い返してしまったほどである。
「いや、相手にしている場合じゃないな。おい、あんたら!」
九郎はさらに高度を上げつつ、警官の群れに叫んだ。
「向こうで敵の兵士達が大勢倒れているだろっ。俺達よりそっちをナントカしろよっ。言っておくけど、そいつら全員、侵略軍の兵士だからなっ。扱いには気をつけろ」
最後の注意だけして、九郎はその場で一気に加速して現場を離れた。
「ち、父上っ、お待ちを!」
焦ったルイが大地を蹴って同じく浮上し、後には尻餅をついた警官達と、野次馬の群れが残された。