お仕置きの時間といくかね?
「どういうことです?」
金髪女は、将校なのか派手な記章を付けていたが、なにか不思議な生き物でも見るように薫子を見た。
「あなたはなに? 単なる知り合いじゃなくて、この男の関係者なの?」
「わたしは――」
クラスメイトですけど、と言いかけ、薫子は首を振った。
それだと、ほとんど無関係だと思われて、やっぱり敷島君が撃たれてしまうかもしれない。だから、その返事はだめっ。
……それ以前に、九郎がまだ生きてるかどうかも不明なのだが、切羽詰まった薫子は叫んだ。
「こ、恋人なんですっ。わたしの大事な人なのっ。だから、この人を殺さないでっ。どうしてもというなら、わたしが代わりますからっ」
「あなた、まさか私を無差別殺人犯かなにかと、勘違いしているのかしら? 代わりにあなたを撃つ意味などないっ」
逆に、女将校は不機嫌そうに眉をひそめた。
それと、いつしか彼女の部下らしき兵士達が、大勢銃を構えて接近してくる。薫子にとっては、絶望的な状況だった。
「その少年を撃ったのは、元々その子が危険人物だと思われるからよ。さもなければ、子供などを相手にはしないわ」
「き、危険人物って……確かに、さっきの敷島君は少しおかしかったけど」
「なんでもいい!」
会話する気などないのか、彼女は鋭い口調で遮った。
「生死を確認するから、どきなさい。どかないと言うなら、あなたごと撃つまで!」
「だめっ」
死角から撃とうとしたので、薫子は慌てて倒れた九郎に覆い被さり、全身で妨害した。鮮血が制服にべったりついたし、濃厚な血の臭いもしたけれど、しがみついてテコでも動かない姿勢を見せる。
「ああ、そう」
背後で、一層冷たい声がした。
「なら、望み通りあなたごと殺してあげましょう」
(ごめんなさい、敷島君っ)
覚悟した薫子が目を閉じた瞬間、鈍い発射音がした……ご丁寧に、連続で二回も!
ただ、直後に不可解な音が二度しただけで、いつまで経っても痛みも衝撃も来ない。
代わりに、自分が庇っていた九郎の身体がふいに動き、両手でそっと抱き締められた。
「案ずるな……ギリギリで予のギフトが間に合った」
「え、えっ!? 予って」
「おまえの献身ぶりには、さすがの予――いや、俺も感動したぞ、森川。お陰で本来の力をまた一つ取り戻した」
微妙にいつもと違う落ち着いた声がして、九郎の身体が動き、正面を向く。
「あの、怪我はっ」
慌てて訊こうとした薫子の額に、そっと掌が押し当てられた。
「しばらく、休んでいてほしい。これが終わったら、今後のことを相談しようではないか」
耳元で、優しい声が囁く。
「それと、今の献身ぶりに無限の感謝を捧げるぞ、森川薫子」
「敷島君、あなたは一体……どういう……」
尋ねようとした薫子は、急速に心地よい眠気に包まれ、そのまま意識を失ってしまった。
――最大の危機を脱したので、またもや過去人格が深層意識に戻り、代わりに主人格である九郎の意識が浮上しつつあった。
九郎は、森川をそっとベンチに寝かせてあげたが、眠った彼女の顔は、この世のものとも思えないほど綺麗だった。つややかに前髪に長いまつげ、それに半開きの唇から覗く白い歯なども見ても、現実にいる子とは思えない。
単なる寝顔にここまで感動したのは、森川が身を挺して庇ってくれたためもあるだろうが。告白に加えて命の恩人となれば、もう九郎の内心評価は爆上げである。
「ふう……幸い、致命傷だったぜ」
我ながら寒いセリフに、九郎は「はははっ」と乾いた笑い声を上げる。
もちろんその笑みは、正面で身構えているトンチキ共を見て拭ったように消えた。
「さて、じゃあそろそろ、お仕置きの時間といくかね?」
冷えきった声が洩れた。
庇ってくれた森川が殺されそうになったことで、九郎は久しぶりに激怒していた。