思い残すことがないようにしないと
森川の態度が気にはなったものの、住宅街の中にある公園で暴れたのだし、窓から見てた者もいるだろう。
今更騒ぎになるのもご免なので、九郎はスキンヘッドは放置して公園を出ることにした。
「問題は片付いたことだし、どこかで話そう……そうだ、いい場所がある」
思いつくままに歩き出すと、森川はちゃんとついてきた……相変わらず、俯いたまま。
少し急ぎ足で歩きつつ、自分が森川について知っていることを、九郎は改めて思い出してみた。
三年間同じクラスだったものの、知識的には本当に少ない。
清楚系の美人さんで、憧れるクラスメイトは多いが、どうやら近づき難い印象があるらしく、接近して友達になろうとする者は少ない。
古い家系で、未だに相当な財産を持つお嬢様だという話も聞くが、九郎的には噂の範疇を出ない。もっとも、車の送り迎えがある生徒は彼女だけなので、嘘ではない気もするが。
(名前なんだっけ? 森川かおる……ちがうな、もっと古風だった。かおる……こ? そうだ、薫子だ!)
ようやくクラスメイトの名前を思い出した頃、九郎達は目指すバス停に来ていた。
椅子こそまだ新しいし、一応屋根もついているが、ここを走っていたバスは、春先に路線変更となった。今ではポツンとバス停の待合所だけが残っている。
あいにく、喫茶店などはどこも閉店したままなので、九郎の苦肉の策だった。
マンションまで戻るのが一番なのだろうが、麗やユウキが気にしそうな予感がするので。
九郎が率先してベンチに座ると、森川もそっと隣へ腰掛けた。
「……それで、どういう事情かな?」
柄にもなく、なるべく柔らかい口調で尋ねてやる。
森川はしばらくもじもじしていたが、九郎が辛抱強く待つうちに、ようやくポツンと述べた。
「……あのね」
「うんうんっ」
微かな声に、九郎は勢いよく合いの手を入れる。
「うち、今日がお葬式だったの」
「お、おぉ……それはまた……気の毒な」
森川の一言で、奈落の底まで勢いが落ちた。
意表を衝かれるのにも、ほどがある。
なるほど、それで制服なのかと思ったが、相変わらず九郎への用件はわからない。
しかし、話しているうちにわかるだろう。
「そうだったのか……言ってくれれば、手伝いに行ったのに」
完璧なお愛想で口にした自分が嫌になったが、意外にも、森川は顔を上げて弱々しく微笑んでくれた。
「ありがとう……敷島君にそう言ってもらえると、嬉しいの」
「いやいや、そんな。……家族の死因とか訊いていい?」
「……うん」
頷いたものの、森川はまた俯く。
さらさらの長い髪が、彼女の横顔を覆い隠してしまった。
「少し前に官房長官の自殺騒ぎがあったでしょ? その同じ日に、パパとママはテロリストに殺されちゃった」
「……うっ」
そうか、この騒動が起こった最初の日か!
よりにもよって、ポゼッションされた敵の犠牲者が、クラスメイトにいたとは。
しかも、両親ときた。
「それは……辛いよなあ」
心からの同情を込めて九郎が口にすると、微かな嗚咽が聞こえた。
「あ、ごめんっ。余計なことを――」
「いろいろあって延びていたけど、今日、やっとお葬式が終わったの」
九郎の言葉を遮り、思い切ったように、森川が言う。
ようやく顔を上げ、九郎を真っ直ぐ見つめた。
「だからね、だから……最後だから、もう思い残すことがないようにしないとって思って。だからわたし、森川君に電話したの」
真剣勝負のごとき声音に、さすがの九郎も返す言葉がない。
それにしても、未だに用件はわからないが。