表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/96

思い残すことがないようにしないと

 森川の態度が気にはなったものの、住宅街の中にある公園で暴れたのだし、窓から見てた者もいるだろう。

 今更騒ぎになるのもご免なので、九郎はスキンヘッドは放置して公園を出ることにした。


「問題は片付いたことだし、どこかで話そう……そうだ、いい場所がある」


 思いつくままに歩き出すと、森川はちゃんとついてきた……相変わらず、俯いたまま。

 少し急ぎ足で歩きつつ、自分が森川について知っていることを、九郎は改めて思い出してみた。

 三年間同じクラスだったものの、知識的には本当に少ない。


 清楚系の美人さんで、憧れるクラスメイトは多いが、どうやら近づき難い印象があるらしく、接近して友達になろうとする者は少ない。

 古い家系で、未だに相当な財産を持つお嬢様だという話も聞くが、九郎的には噂の範疇を出ない。もっとも、車の送り迎えがある生徒は彼女だけなので、嘘ではない気もするが。


(名前なんだっけ? 森川かおる……ちがうな、もっと古風だった。かおる……こ? そうだ、薫子だ!)


 ようやくクラスメイトの名前を思い出した頃、九郎達は目指すバス停に来ていた。





 椅子こそまだ新しいし、一応屋根もついているが、ここを走っていたバスは、春先に路線変更となった。今ではポツンとバス停の待合所だけが残っている。


 あいにく、喫茶店などはどこも閉店したままなので、九郎の苦肉の策だった。

 マンションまで戻るのが一番なのだろうが、麗やユウキが気にしそうな予感がするので。

 九郎が率先してベンチに座ると、森川もそっと隣へ腰掛けた。


「……それで、どういう事情かな?」


 柄にもなく、なるべく柔らかい口調で尋ねてやる。

 森川はしばらくもじもじしていたが、九郎が辛抱強く待つうちに、ようやくポツンと述べた。


「……あのね」

「うんうんっ」


 微かな声に、九郎は勢いよく合いの手を入れる。


「うち、今日がお葬式だったの」

「お、おぉ……それはまた……気の毒な」


 森川の一言で、奈落の底まで勢いが落ちた。

 意表をかれるのにも、ほどがある。

 なるほど、それで制服なのかと思ったが、相変わらず九郎への用件はわからない。

 しかし、話しているうちにわかるだろう。





「そうだったのか……言ってくれれば、手伝いに行ったのに」


 完璧なお愛想で口にした自分が嫌になったが、意外にも、森川は顔を上げて弱々しく微笑んでくれた。


「ありがとう……敷島君にそう言ってもらえると、嬉しいの」

「いやいや、そんな。……家族の死因とか訊いていい?」

「……うん」


 頷いたものの、森川はまた俯く。

 さらさらの長い髪が、彼女の横顔を覆い隠してしまった。


「少し前に官房長官の自殺騒ぎがあったでしょ? その同じ日に、パパとママはテロリストに殺されちゃった」

「……うっ」


 そうか、この騒動が起こった最初の日か! 

 よりにもよって、ポゼッションされた敵の犠牲者が、クラスメイトにいたとは。

 しかも、両親ときた。


「それは……辛いよなあ」


 心からの同情を込めて九郎が口にすると、微かな嗚咽おえつが聞こえた。


「あ、ごめんっ。余計なことを――」

「いろいろあって延びていたけど、今日、やっとお葬式が終わったの」


 九郎の言葉を遮り、思い切ったように、森川が言う。

 ようやく顔を上げ、九郎を真っ直ぐ見つめた。


「だからね、だから……最後だから、もう思い残すことがないようにしないとって思って。だからわたし、森川君に電話したの」


 真剣勝負のごとき声音に、さすがの九郎も返す言葉がない。



 それにしても、未だに用件はわからないが。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ