最後のチャンスやるから
「いや、俺のことは置いて……先に、この有様をナントカした方がいいな。俺に用件があるにしても、こっちを済ませてからにしよう」
「そ、そうだったわ」
不意に目が覚めたように、森川が叫んだ。
「一人で来たなら、早く逃げてっ。この人達、ものすごく危ないのっ」
以下、発言が狂ってるとか、ナイフ手にしてた人がいるとか、いろいろ心配そうに教えてくれたが。
九郎としては、森川がこっちの腕を掴んで心配そうに揺するのが気に入った。
自分だって危ないのに、一緒に逃げてとか自分を逃がしてではなく、なによりも先に、まず九郎の身を案じてくれている。
「おい、ごるらあああっ」
せっかくよい気分だったのに、遠くで半身を起こしたスキンヘッドが台無しにした。
こちらを睨み付け、盛大に唾を飛ばして喚いている。
「てめぇ、いきなりなにしやがるんだっ。そこ動くなよっ」
言うなり、飛び起き――たところが痛そうな顔でぎくっと身を強張らせ、神に救いを求めるような顔で天を仰いだ。
「い、いてぇええええ……ちくしょうがあっ」
それでも、なんとかなけなしの根性を出したらしく、片足と腕を庇うような動きでひょこひょこ近付いてきた。
やはり、どこか盛大に痛めているらしい。
額に汗をかいたスキンヘッドは、途中で呆然と見守る手下達に気付き、「ぼさっとしてねーで、全員で囲めっ」と喚く。
不意打ちで投げられた直後なので、さすがに一人で相手をするのは避けたいのだろう。
「し、敷島君っ」
森川が、絶望的な声を上げた。
「本当に、他に誰も呼んできてないの?」
「大丈夫だよ。俺、だいぶ前と変わっちまってるし」
九郎は端的に説明し、しぶとくまた眼前に立ったスキンヘッドを見上げた。
せっかく逃げるチャンスをやったのに、こいつはまたなんという間抜けだろうか? という感想しか出てこない。
こんなことを思うこと自体、自分が以前といろいろ変化しているのは間違いないだろう。
手下も全員で周囲を囲んでいるが、九郎はあまり気にせず、囁きかけた。
「なあ、おい。真面目な話、逃げた方がいいぞ? ていうか、軽々と投げられた時点で、俺がどこか普通じゃないと思わなかったかね。あんた、もしかしてそういう最低限の想像力すら働かない、頭空っぽタイプ?」
「な、なにを言って」
それでも不気味そうに後退った男に、九郎は畳みかける。
「前の俺とはだいぶ違う……自分でもそれがわかってるけど、加減するのがキツいんだよ。冗談ごとじゃなく、本当に難しい。中身はとうにロケットエンジンさながらなのに、自分では未だに自転車レベルの意識が抜けてない。力が有り余りすぎて、戸惑ってる最中なんだって」
割と真剣に、九郎は白状した。
わかるだろ、なあ? と巨漢を見上げる。
「実はさっきも、あんたをあそこまで勢いよく投げる気はなかったんだ。こりゃ多分、最悪、あんたを殺すことだって有り得る。最後のチャンスやるから、適当な理由つけて退けって」
わざと手下共に聞こえない音量で囁いてやったのに、こいつは本当に人の好意を無にする奴だった。
「う、うるせーぞ、このガイキチがっ」
一瞬、本気で迷うような素振りを見せはしたのだが、周囲で囃し立てる手下共を意識したのか、後に引けなくなったらしい。
「おい、おまえらも一斉にかかってフクロにしろっ。いいなっ」
念のために命令だけ出して、いきなり殴りかかってきた。
奇襲を狙ったのか、予備動作すらろくになく、正確に九郎の顔面を狙っていた。