ひどく嫌なものを見た気がした
「……えっ」
薫子は、とんでもないことを平然と言い切る男に、背筋がぞっとした。
「お、おかすって……まさか」
両手で自分の身体を抱き締め、震えを止めようとする。
大変なことに巻き込まれた自覚はあったが、まさか自分がそこまで危険な立場に追い込まれているとは、ついぞ思っていなかったのだ。
「おいおい、ネンネに見えるとはいえ、中学生くらいだろ? ならさすがに年齢的に理解できるだろ? つまり、こういうコトよ」
男は、左手の親指と人差し指で輪っかを作って見せ、右手の人差し指をその輪に抜き差しして、キヒヒと笑った。
「全裸撮影会が終わって順番決めた後は、ズボズボやりまくってやるからな。せいぜい楽しみにしておいてくれ。だいたい五人目くらいで、壊れちまうと思うが」
おぉーーーっ! という歓声が、取り巻き達の間から湧き起こった。
幸い、薫子は衝撃に浸ったままでほとんど聞き取れなかったが――。
その代わり、男のくたびれたジーンズの股間部分が、なぜか不自然に大きく盛り上がっていることに気付き、顔を背けた。
理由はよくわからないが、なんだかひどく嫌なものを見た気がした。
「わ、わたしはただっ、クラスメイトに会いに――あっ」
「……あ?」
スキンヘッドは面白そうに訊き返したが、あいにく今度ばかりは、彼が災厄を引き当てる番だった。いつの間にか彼の背後に立った誰か……つまり、敷島九郎がそいつの腕を掴み、無造作に放り投げたからだ。
(え、えっ? 片手で投げた? こいつより体格がだいぶ劣る敷島君が!?)
……人間、有り得ない光景を見ると、思考が停止するものだが、今の薫子がそうだった。
彼の背後へ投げられた男は、額を夕日にテカらせながらくるくると回転し、嘘のように高く、そして遠くまで飛んで、背中から落ちた。
げふっと奇妙な声を一度洩らした後、その場で転げ回っている。
落ち方が悪くて、腕の骨を痛めたらしい。むしろ、それで済んだのが奇蹟的だと思うが。
実際、あいつの取り巻き連中も、まだポカンと見ているだけだ。
「し、敷島君……よね?」
「うん、俺俺っ」
対する敷島は、なぜかほっとしたように微笑して頷いた。
「電話で呼んだろ、森川?」
――対する九郎は、誰もが認める優等生にして、良家のお嬢様(だと噂のある)森川が呆けているのを見て、一瞬、最悪の想像をした。
時、既に遅く、もう色々されてしまったかと。
……しかし、別に制服は乱れてないし、本人も普通にこっちを呼んだので、安堵のあまり頬が緩んだ。
「うん、俺俺っ」
オレオレ詐欺のように繰り返し、何度も頷いてしまう。
「電話で呼んだろ、森川?」
「え、ええ……でも……今、どこから?」
混乱したように森川が言う。
まあ、それも無理はないだろう。なにしろ九郎は、遠くに降り立つ手間を惜しんで、そのままスキンヘッド男の背後に着地したのだから。
能力を見られる危険性よりも、これ以上時間をかけた結果、森川が脱がされでもしたら、目も当てられない。
もちろん、なにも知らない森川が見れば、ふいに現れたように思っても当然だろうけど。