実はもう、やっちまうって決めてるからよ
九郎は、眉根を寄せて切れたiPhoneをポケットに突っ込み、おもむろに立ち上がった。
高山町……それは、以前自分が住んでいたマンションがある場所だ。
問題の児童公園も、登下校時に何度も脇を通っている。
「ユウキと麗は、連絡あるまで待機していてくれ」
「お手伝いしますっ」
「九郎様のファミリアですし!」
二人が同時に立ち上がったが、九郎は首を振った。
なんとなく、今回は一人で行った方がいい気がしたのだ……単なる勘だが。
「手に余ると思えば頼むかもしれないが、まさかそこまでの状況ではないはずだ。急ぐことは急ぐけどなっ」
宣言するなり、九郎はリビングを走り出てバルコニーに出る。
まだ夕刻なので、人の目もあるかもしれないのだが、おそらくあの森川の悲鳴の調子からして、一刻を争うはず。
いつも慎重な態度をかなぐり捨て、九郎はそのままバルコニーの手すりをジャンプして、虚空へ飛び出す。
一応、魔力飛行のテストくらいは、前にやっている……その時は深夜だったが。
(あと一分――いや、三十秒だけ待っててくれ!)
一瞬でトップスピードに達した九郎は、真っ直ぐに元マンション付近を目指した。
――森川薫子は、いつしか児童公園の隅に追い詰められていた。
助けを求めたのはいいものの、ほとんど九郎が間に合うとは思っていなかった。
そもそも、九郎より先に警察に電話したのも、「まず警察にっ」と思ったからである。
ただ、もはや警察組織さえも瓦解しているのか、あるいは街中から電話が鳴りっぱなしなのか、110番は話し中のままで、ものの役に立たなかった。
だから、やむなく今から行くところだった九郎の家に電話したのだが……彼だって、そんなすぐに大勢集められないだろう。
だいたい、状況を説明する暇もなかったことだし。
(それでも、弱気を見せたら、余計につけ込まれちゃうっ)
泣きそうになるのを堪え、薫子は相手を睨んだ。
……少なくとも、今正面に立っているのは、スキンヘッドの巨漢が一人だけだ。
彼の周りを囲むように、仲間みたいなのが七名もいたけれど。
「返してくださいっ」
薫子は、スキンヘッドが取り上げた携帯に手を伸ばす。
「それ、わたしのです!」
「おっと……ははっ」
身長百八十センチ以上はあると思われる彼……いやそいつは、ニヤけた顔で取り上げた携帯を頭上に差し上げた。
「いやいや、元はと言えば、ねーちゃんが悪いだろ、な? 俺達ゃただ、ちょっとお話ししたいと思っただけなのによー。いきなり警察に電話するわ、誰かにヘルプの電話するわ……俺達の繊細なガラスハートがいたく傷ついたわ。なあ?」
ぐるっと仲間を見渡し、そいつが同意を求める。
全員、ニヤニヤと頷いていた。
「だって!」
今にも涙がこぼれそうなのを我慢して、薫子はさらに反論する。
「いきなり、スカートめくろうとしましたっ」
ついでに、なんとか走って逃げられないかと思ったが、あいにく背後にも二人ほど回り込んで退路を塞がれてしまった。
「うん、めくろうとした」
意外にも、スキンヘッドは素直に頷いた。
「こんな時に、セーラー服着て歩いている可愛い子ちゃんがいりゃ、そりゃめくるわ」
「そうそう、それに俺達、下着の色で金賭けてるわけで。ちなみに、俺は純白」
「俺は青」
「俺はな、大穴で赤な――」
「大声出しますよっ」
たまりかねて、薫子が叫ぶ。実際、もう大声は何度も出している。
全然、誰も来ないが。
「試してみろよ?」
ふっとスキンヘッドの顔から、表情が消えた。
気味の悪い能面みたいな顔で、薫子を舐めるように見た。
「実はもう、やっちまうって決めてるからよ。……さすがにここじゃなんだが、近くに部屋も確保してある。犯すのは、おまえでもう三人目だ」
そこで、舌なめずりなどした。
「下着の色もだが、俺は処女の方にも賭けてっからな。がっかりさせないでくれよ?」