お願い、誰か助けを呼んで!
九郎達が住む都内は、混乱の極みにあった。
それも無理のないことで、数日前に侵攻してきた新たな脅威……つまり、ハイランド帝国軍の「艦隊」とも称すべき戦艦群が、まっすぐ国会議事堂の方へ向かい、周辺を破壊し尽くしたのだ。
しかも、事件はこれで終わらなかった。
戦艦に装備された魔導砲が、議事堂を瓦礫の山に変えてしまった後、艦隊自体は一隻ずつ要所要所に散らばり、都内全域を封鎖してのけた。
封鎖したというのは文字通りの意味で、散った戦艦はそれぞれが担当の区域に大規模なマジックシールドを張り、出るのも入るのも不可能な状態を作ってしまった。
例によって、強制的に某局のニュース放送途中で押し入ってきた帝国の軍人達は、「無駄な抵抗はやめて、我が帝国に従うこと! そうすれば、誰にも危害は加えないし、帝国臣民としての権利が保障されるっ」などと寝言を吐かしたが――。
もちろん、そう言われたからといって、平和に慣れた日本人が、素直に「あ、わかりました」などと納得するはずもない。
むしろ、政府機能が完全に破壊されたことで、止める者がいなくなり、これまで以上に暴動の発生率が上がっている。
下はコンビニから、上は名のある百貨店まで、ほぼ全ての地域で略奪騒ぎが相次いでいた。
「……これでは、敵味方が識別できたところで、あまり意味ないな」
テレビを見ていた九郎は、ため息をついた。
「連中は、都内を完全に支配下においちまった」
一応、まだテレビ放送は幾つかの局で続いているが、これもいつまで続くかはわからない。そのうち帝国軍が、都内の全テレビ局を抑えてしまう気がしてならない。
なにしろ、外から邪魔が入る心配は、ほぼ皆無なのだから。
マジックシールドは、電気やガス、それに水道などのインフラは都合よく通すものの、人や物などはほぼ遮断してのける。
それでも本来、シールドの内側から出ていくことは可能なはずなのだが、それもできない。
出られないように、二重にシールドをかけていると見える。
「我々の力で、強制的に封鎖を解いてしまうのはどうでしょうっ」
右隣に座ったユウキが、勢い込んで提案する。
口にはしないが、同じく左に座す麗も同じ意見のように見えた。
「確かに、連中の封鎖を解くのは、可能だろう……俺達なら」
九郎も頷く。
「ただその場合、連中がさらに強行な手を使う可能性も考えておかないとな」
九郎は手段についてはあえて語らなかったが、人的被害を考慮しないのなら、強硬手段など幾らでもある。
むしろこれまでは、まだまだぬるかったと言えるだろう。
あまり考えたくはないが、今の有無を言わせぬ占領行動も、ひょっとして九郎達の介入が一因かもしれないのだ。
ここ数日、まだ敵にもさほど大きな動きはないが――その代わり、放置された都内は暴徒が次から次へと湧いて出てきて、冗談ごとではなく、大昔の弱肉強食の時代になりつつあった。
事実、今朝もマンション内に暴徒が押し入り、金属バット片手に、この最上階まで来たほどだ。……当然、九郎達がたっぷり歓迎して、手痛い教訓を馬鹿共に叩き込んでやったものの、他の家庭はそうもいくまい。
九郎が考え込んでいると、ふいに眼前のガラステーブルが振動した。
置かれたiPhoneがバイブレーションで動いているのを見て、我に返った九郎は首を傾げてiPhoneを手にした。
「俺に電話なんて、珍しいこともあるな」
電話番号は出ているが、あいにく知らない相手だった。
それでも、通話ボタンを押して「もしもし?」と囁くと……いきなり女の子の声がした。
『敷島九郎君っ!?』
「お、おう……俺だけど?」
『わたしね、同じクラスの森川っ。お願い、誰か助けを呼んで! 警察は繋がらなくてっ』
「今どこにいるんだ!?」
九郎は即座に訊き返した。
実は、クラスメイトなのは間違いないが、普段あまり話した記憶がない。
まあ、九郎の場合、彼女に限らず、クラスの女の子とはほぼ話した記憶がないのだが。
しかし、彼女が怯えきっているのを感じたので、なぜ自分の電話番号を知っているのかを尋ねるのは、後回しにした。
『た、高山町の児童公園っ……い、急いでお願いっ。ああっ!?』
焦りまくった声が、途中でぶつっと途切れた。