もう娘ではない→チャンス!
「お待ちを!」
ルイが完全に本気だと悟り、さすがにブランディスが止めに入った。
「お教えするのは構いませんが、今し方、我々も陛下をご訪問する話をしておりました。しかし、魔王陛下は崩御する間際、『たとえ、自分が転生したとしても、もう魔王と呼ぶ必要はない』と仰せだったはず。それに遠回しにはありますが、『後は魔族全体の問題としてコトに当たれ』とも仰せでした。ですから――」
「今、父上をお訪ねするのは、御遺志に背くと言いたいのか?」
呆れたように後を引き取るルイに、ブランディスを始め、三名全員が頷いた。
しかしジャニスと違い、ルイは魔王の遺志を持ち出しても、恐れ入りはしなかった。
それどころか、むしろ顎を上げて三将軍を睥睨した。
「いちいち父上の遺志を思い出して動けずにいるのは、そもそもおまえ達が『陛下にお縋りしたいっ』と内心で思っているからだ!」
いきなりずばっと指摘され、これまた三名揃って息を呑んだ。
言われてみれば、転生した魔王を訪問する話が出る度に、心のどこかで「陛下なら、この窮地もなんとかしてくださるだろう」と思っていた気がする……まさに、全員が図星を衝かれた気分だった。
「ふんっ! このルイを、不甲斐ないおまえ達と一緒にするなっ」
一体、何十キロあるのか!? と思うような超重量の漆黒の大剣を肩に担ぎ、ルイはふふんと鼻を鳴らす。
見かけは嫋やかな少女なのに、その凄まじい剛力は、さすがは魔王の血筋である……もちろん、今は元血筋というべきだが。
「ルイは父上に頼ろうとしてお会いするのではないっ。異世界で父上がお困りかもしれぬ故、ルイの方から馳せ参じて、お助けするつもりなのだっ」
「そ、そこまで仰せならっ」
「む? ルイの考えになにか文句でもあるのか、サイラス?」
たちまち、ぎろっとルイが睨む。
「男は嫌いだから、くだらぬ戯れ言を述べたら、殺すぞっ」
そう言われ、サイラスは一瞬ためらう素振りを見せたが、「ほら、続きはっ」とジャニスに横腹をつつかれ、やむなく述べた。
「……それほどの自信がお有りなら、まずは魔族領の危機を救って頂くのが筋ではと……このように愚考しました」
びびってだいぶ勢いの下がった発言をしたが、またしてもルイにせせら笑われただけだった。
「人には優先順位というものがある。ルイの一番は父上で、その他のコトは全て些事! 自分達の危機くらい、自分達でなんとかすればよかろう。我ら親子に頼るでないわ、愚か者めっ」
またしても場が静まり返ったが、もちろん感心したわけではなく、三人揃って呆れたからである。話にならないとは、このことだろう。
もし、似たような価値観の麗がこの場に入れば、ルイに対して同族嫌悪に近い感情を抱いたかもしれない。
「しかしっ」
それでも、最後の抵抗とばかりに、ジャニスが喚いた。
涙目なのは、自分だけ魔王に会おうとするルイに、軽く嫉妬したせいかもしれない。
「今の魔王陛下もルイ様も、転生後のお姿ですぞ! もはや、父と娘という関係でもありますまいっ」
「ちょっと!」
「馬鹿かあ、おまえっ」
ブランディスとサイラスが、ぎょっとしたようにジャニスを見た。
双方、「自殺願望でもあるのかっ」と言いたそうな目つきだったのは、言うまでもない。
しかし、一度は「なんと申した、貴様っ」と柳眉を逆立てたルイは、なぜかその場で考え込んだ挙げ句、へらっと笑った。
それは本当に、「へらっと」と形容したくなるような緩んだ笑いで、見ていたジャニス達が薄気味悪い思いで顔を見合わせたほどだ。
「むむ。しかし……そうか……言われてみれば、道理よな……うふふふっ」
しばらくして、ようやくルイが呟く……らしくもない含み笑いと共に。
表情は、桃源郷をさまようがごとくだった。
「これは、気付かなかったぞ。転生後はもう娘ではないのだから……そう、例えば我が心中を赤裸々に打ち明けようと、どこからも苦情は出ないわけだ」
しばらくして、唖然と見守るジャニス達に気付き、ようやくルイは我に返った。
なぜか、やたらと張り切った声で再度、命令された。
「なにを呆けているかっ。とにかく、さっさと魔王陛下の居場所を教えぬかっ!」