ちょっと脱いで
綺麗だなぁと思わず声に出しかけ、九郎は辛うじて我慢した。
元々が霧夜麗のファンだっただけに、のめり込むと危ない……自重しなければならない。それに、まだ訊きたいことが残っている。
「その……ファルナス王国の王女様が、なんで魔王と知り合いに?」
「よくぞ、訊いてくださいました」
なぜか麗は、もの凄く嬉しそうな表情を見せた。
しかも、いつの間にか腕を組まれている。二の腕の辺りが胸に当たったりして、九郎はにわかに緊張してきた。
「麗――いえ、当時の名はレイフィールでしたが、かつてのファルナス王国は、国境線を接していた二つの大国から攻め込まれたのでございます。わずかな抵抗はまさに鎧袖一触の有様で撃退され、兵士達は次々と死に、もはや麗も自決する他ないかと思いました。しかし……麗は死ぬ前に最後の手段として、当時、魔界を統一したばかりの魔王陛下に親書を送ったのでございます」
「……それは、援軍要請したってことかな?」
「左様でございます」
潤んだ碧眼が九郎を見上げた。
「他の人間達と違って、当時から麗は、即位した貴方さまに悪い感情は持っていませんでした。しかし、その感情がはっきりと愛情に変わったのは、この時でございましょう」
きらきらした碧眼で「愛情に変わった」などと言われると、九郎としては居たたまれない。
気付いた様子もなく、麗は続ける。
「麗の親書に対し、魔王陛下は最大限の誠意を持って応えてくださいました。まだ魔界内で警戒を要する時期でしたのに、あのお方は我が親書を受け取るなり、すぐに御自ら我が国へ救援に訪れてくださったのです。……その時、我が国は既に王宮が囲まれる事態となっていましたが、魔王陛下自らの奮闘により、賊軍に等しい軍勢は逃げ散りました。転生した今は、記憶もかなり薄れていますが、それでも麗の生涯で、あれほど感動したことはなかったですわ!」
「……もしかして、魔王は一人で救援に来た?」
「その通りです」
当たり前のようにコクコク頷く麗である。
「当時は魔界もまだ、反乱分子が残っていましたので。……にもかかわらず、魔王陛下は『助けを請う者に、無下な返事はできぬ』と仰せで、自ら来てくださったのです!」
「へ、へぇええ」
聞いていた九郎は……なんというか、通俗的な魔王のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく気がした。
魔王=悪というのは普通の考え方だと思うし、その異世界でもそういう概念はあったようだが……話を聞くと、やっていることは全然違うではないか。
それはむしろ、勇者の方の役割ではないのか。
本当なら「はははっ。冗談だよな?」と言いたいところだが、夢見る少女そのものの顔で吐息などつく麗を見ると、とても今の話が捏造だとは思えない。
あと、胸に片手を当てて吐息などつかれると、思わずドレスの胸元に注目してしまうのでやめて欲しい。
それは置いて――まず最初に疑うべきは転生の話だろうが、しかしそんな大嘘を、単なる中学生に吹き込むだろうか。
しかも本人は、大売れ中のスーパーアイドルなのに? よって、これもデマ扱いはしにくいが……一つだけ、可能性は残る。
つまり、これまでの彼女の態度とファンタジー話は、ろくでもないテレビ局が企画した、一種の「娯楽番組」的なものある、という可能性だ。
全ては事前に作られたシナリオであり、九郎がすっかり信じ込んだ途端――適当なところでカメラが出てきて、お茶の間の皆さん大爆笑! という寸法である。
(冗談じゃないぞ!)
マスコミ嫌いの身からすると、いかにもありそうな話に思え、九郎は思わず戦慄した。ヤツらは視聴率のためなら、それくらいやりかねんっ。
だいたい、大昔には実際にそんな番組もあったと聞く。
「……お疑いでございましょうか?」
九郎の表情を窺い、麗が哀しそうに言う。
しかし、九郎は心を鬼にして述べた。
「話は変わるけど、信奉者なら、俺のお願いは聞いてくれるのかな?」
「なんでも仰ってください!」
勢いよく麗が頷く。
そこで九郎は、隠しマイクがあっても拾えないような囁き声で、麗の耳元に囁いた。
「ちょっと……脱いで欲しいんだ」