魔王の娘
フォートランドの魔族領において、外観が真っ黒で巨大な石造りの城といえば、臣民は誰でも知っている。
もちろん、帝都にある魔王城以外にはない。
ただし、十七年前の最初にして最後の魔王の崩御以来、この城は主人不在のままとなっている。
今は、かつて魔王の腹心だった四将軍……いや、既に一人が戦死しているので、三将軍が魔王の代理として、魔族を率いていた。
その軍議の間で、三将軍によって既に何度目になるかわからない話し合いが持たれている。
もちろん、かつての魔王が異世界にて転生し、今も健在だと知れたからだ。
そのせいか、問題の異世界に侵略を始めていたハイランド帝国の意向もあり、先日まで激戦が繰り広げられていた国境も、今はいたって穏やかである。
和平など望むべくもないが、少なくとも当面、帝国側が攻めてくる意図はないらしい。
つまり、明らかに帝国側も、かつての魔王に対する警戒心は持っているわけだ。
「我々三名揃ってそのニホンとかいう異世界へ趣き、魔王陛下の前で平伏して、これまでの無様をおわびしようではないかっ」
だんっと重厚な長机を、ジャニスがぶっ叩く。
見た目は細身の美女なのに、真紅の髪を振り乱す様は、猛将の異名を裏切らない。
「おまえの意見は何度も聞いたが……先帝のご遺志を忘れたか?」
腕組みしたサイラスがぶすっと述べた。
「自分が亡くなった後のことは、全て魔族達の自由意志に任せる。たとえ、自分が転生したとしても、もう魔王と呼ぶ必要はない――そう仰っただろうが?」
「そ、それはそうだがっ。しかし、現に魔王陛下は、こうして我らに健在を知らせてきたではないかっ」
ジャニスが辛うじて言い返したが、今度は三将軍の最後の一人、エルフのブランディスが静かに応じた。
「あれは我らに健在を知らせるのが目的ではなく、帝国に告知した以上、どうせわたし達にも陛下の無事が知れるからでしょう。だから、先手を打って健在だとお知らせくださったのよ。その証拠に、レイフィール……いえ、麗様のマジックボイスでも、特に連絡を寄越せなどとは言ってなかったはず。つまり、あえて知らせたのは、敵に退かせるために他ならないわ。これも全て、わたし達が不甲斐なかったせいね」
ジャニスと同じく、身体の線を惜しみなく見せつけるバトルスーツ姿の彼女だが、エルフ女性でもあり、ジャニスよりさらに華奢な印象がある。
しかし、いつも深沈とした態度のせいか、なぜかブランディスの言葉には千鈞の重みがあった。
「……でも貴女は、ファミリアのユウキ殿と密かに連絡を取り合っているようだけど」
などと、最後に嫌みまで述べた。
「そ、それはっ」
さすがのジャニスも、涙目でぐっと押し黙ったほどだ。
「とはいえ――」
ブランディスはふいに俯き、悩ましくため息をつく。
「異世界とはいえ、転生されたというのなら、わたしも魔王陛下にお逢いしたいのは当然……事情が許せば、今だって駆けつけたいわ」
前言を台無しにするセリフに、頷きながら聞いていた三将軍唯一の男性、つまりサイラスが呆れたように苦笑した。
なんとなく三人が押し黙ったその時、軍議の間にノックの音が響いた。
「入れっ」
サイラスが声をかけると、焦った顔付きの衛兵が駆け込んできた。
「た、大変ですっ。た、たった今」
「ちょっとは落ち着きなさいよっ」
慌てふためいてどもる彼に、ジャニスが活を入れる。
「し、失礼しました、将軍」
しかし、ようやく呼吸を整えて叫んだ衛兵の言葉に、当のジャニスまで驚愕する羽目になった。
「たった今、魔王陛下のご息女だと名乗る少女が、三将軍を訪ねてきました!!」