本格的な侵攻
最上階の四十四階にあるの部屋は、バルコニーに出れば、都内のほとんど全域が見渡せる。
相変わらず、パトカーのサイレンはあちこちから聞こえてくるが、目立つ異変はない……ように思える。
九郎は次に夜空を見上げた。
今宵は快晴で、都内にしては星がたくさん見えたが、もちろん、九郎が気にしていたのは、そんなことではない。
「戦艦クラスの軍艦……つまり、魔導船が出てくるなら、どうしたって巨大なゲートを開ける必要があるはずだが?」
呟いて、全天をくまなく見渡す。
仮に、魔導船自体に透明化の魔法をかけたとしても、九郎なら見破ることも可能だし――それに、次元転移する際には、どうしたって空に出口が開く。こればかりは、ごまかしようもないはずだった。
「――っ! 我が君っ」
「九郎さまっ」
突然、ユウキと麗が声を上げた。
もちろん、九郎もほぼ同時に気付いている。
「……来たかっ」
歯軋りするような声を洩らし、九郎は夜空のほぼ中央にポツンと現れた黒点を見つめた。
闇そのもので覆われ、星すら覆い隠すその黒点は、見る見るうちに面積が拡大して、全天の何割かを占めるような黒い穴となった。
まさに、夜空に開いたブラックホールである。
九郎達はその正体が「次元転移を試みる際に開く、転移ゲート」だとわかるが、もちろん、この国の人間達にはわかるまい。
その証拠に、かなり下の方のフロアから騒ぎが聞こえ、次々と窓が開いてバルコニーに住人が出てくる気配がした。
しかし、構っている場合ではない。
目を逸らさずに見守るうちに、九郎達はさらに見る……その巨大な漆黒のゲートから、次々と元故郷から転移してきた軍艦が出てくるのを。
全てが空を飛べるタイプの魔導船であり、巨大戦艦だった。船底下部に、浮遊のための付与魔力が微かに発する、魔力の薄青い輝きが見える。
「帝国は、いつの間にこれほどの戦艦を!」
ユウキが驚いたように呻く。
「サイズからして、数百人は乗れる規模ですわっ」
「ああ、わかってる」
九郎は小さく頷いた。
おまけに、そんな巨大戦艦クラスが、優に二桁以上は出てきて、ゆっくりと空を飛び始めた。
全ての軍艦が「こちら側」に出てきた後、真円状に開いていた漆黒のゲートが、ようやく閉じていく。
とはいえ、多数の戦艦はそのまま夜空を悠然と渡っていく。
このままでは、遅まきながら自衛隊にもスクランブルがかかり、戦闘機が飛来するはずだ。
もちろん、自衛隊機がいきなり発砲するわけはないが……どのみち、帝国側は容赦する気などないだろう。
「しかし、あいつらどこへ……いや、待てよっ」
呟きかけた九郎は、戦艦が向かう方角を見て、嫌な予感がした。
「そっちは永田町の方角だぞ! まさか連中は――」
口に出しかけた言葉をあえて飲み込み、九郎は大きく息を吸い込んだ。
「ひょっとすると、俺は決断しなきゃいけないかもな」
ユウキと麗が、言葉もなくこちらを窺っているのがわかった。
彼女達に聞かせるつもりで、九郎はポツンと独白する。
「この分だと、俺自身が先頭に立って戦い、連中の野望をくじく必要があるかもしれない」
それはつまり、一時的とはいえ、九郎がこの国を掌握するのとさして違わない結果を招く恐れもあるのだが……そのことは、あえて語らなかった。