おまえに怪我などさせたくない
記者会見や警察の事情徴収などで、麗が帰宅してきたのはかなり遅い時間だったが、九郎はひとまず麗が無事だったことを大いに喜んだ。
それに、予定通りにリングの告知も済んだし、襲撃してきた敵は勝手に転んで頭を打って意識不明となったドジだと世間に思われているしで、言うことはない。
「これまで、テレビ局で狙われたのは政治家がほとんどだったとはいえ、今回は俺が油断した。おまえがターゲットになる可能性を考えるべきだった。無事でよかったよ」
魔王としての意識が戻るにつれ、いつのまにか、しばしば「おまえ」呼ばわりになっていたが、少なくとも麗が気を悪くした様子は皆無だった。
「いえ……とんでもございません」
それどころか彼女は、逆に喜びに溢れた笑顔で首を振る。
日頃から公言する通り、この子は九郎の役に立てたり、あるいは九郎から褒められたりすると、無条件で嬉しいらしい。
全身から歓喜の波動が溢れている感じで、九郎の目には疑いようもない。
敵への対処の仕方について、ついさっきまで九郎が散々褒めちぎっていたので、なおさらだ。
ちょうど、ユウキはテレビ局の周辺を調査しに出向いていて不在であり、そのせいか、ソファーに座る麗は、九郎に全身を預けるようにしてもたれかかっていた。
「ただ、ご報告した通り、最後にマジックボイスで声を届けてきた女が気になります……」
「地下鉄構内の時と同じく、また邪魔が入らないか、監視していた者がいたらしいな。麗にも容易く気配を悟らせないというのは、相応の実力者とみていいだろう。今後は、麗を単独任務につける時には、いろいろ配慮が必要だ」
「あっ、いえっ!」
麗が慌てたように、九郎の肩に預けていた頭を動かした。
あっという間に心配顔……どころか、ほとんど恐怖に近い感情が美貌に浮かんでいた。
「麗のことなら、どうぞご心配なく! 何が起ころうと対処してみせますっ」
「それは疑っていないとも」
九郎は破顔して、麗の身体を軽々と持ち上げ、膝の上に横抱きにした。
「心配しなくていい。何も任務を与えないと言ってるわけじゃないんだ。警戒を要するような時は、俺も用心を怠らないようにしよう、という意味だ。つまらない油断が元で、おまえに怪我などさせたくないからな」
最後に、フレアミニとノースリーブのシャツという麗の姿を見て、九郎は首を傾げた。
――あと、おまえ最近、部屋着がどんどん薄着になってないか?
質問が喉元まで出かけたが、麗の碧眼が感激で潤んでいたので、無粋な発言は遠慮しておいた。
どのみち、魔王の本性を取り戻しつつあるとはいえ、年齢が二つしか違わない主人格の九郎に言わせれば、今の格好は大歓迎である。
今さっき膝の上で身動きされた時などは、下着が覗けたりしたし。
……ちなみに、今は純白だった。
「あとはそう……俺達がばらまいたあのマジックアイテムが、どこまで役に立つかだな」
本題に戻り、九郎はため息をつく。
「敵がはっきりわかるのはいいことかもしれないが、当然ながら、メリットもデメリットもある。……まださほど動きはないと思うが」
手元のリモコンを手に、九郎はテレビのスイッチを入れてみた。
途端に、ニュースキャスターの甲高い声が響いた。
『アイドルの霧夜麗さんが、空から降ってきたリングのことを話して以来、あちこちで騒動が起き始めています。原因は、問題のリングを嵌めた後に、薄赤く染まって見える人がいることで――この赤く染まった人こそ、人に乗り移った異世界人ではないか? という意見が大勢を占めています』
「ふん? さすがに皆が気付きはじめたな」
九郎は小さく頷く。
そう言えば、街のあちこちからパトカーが走り回る音が聞こえている。
家族や職場の同僚に異世界人を見つけ、大騒動といったところか。
「ここ数日が勝負だな。おそらく、敵の動きが大きく変わるはずだ。今度は俺が動く番になるかもしれない」
画面を見ながら、九郎は独白していた。