予定にないぞ!
九郎はその頃、ヘリでのユウキとの作業を終えて、既に部屋に戻っていた。
作業といっても、強制調達したヘリで都内を飛び回り、二人で魔法付与のリングをばらまいただけである。
リング自体は、魔力のお陰でごくゆっくりと地上に落ちるし、下界で誰かが怪我をするということもない。
今頃はあちこちで大騒ぎだろうが、九郎としては満足のいく作業だった。
ただ、計画はこれで終わりではなく、今度は第二段階として、麗がテレビで「魔法のリングを告知」をする手筈なのだ。
そこで九郎は「おそらく麗は、俺に見て欲しいんだろうな」と思い、真っ直ぐに部屋に戻り、リビングのテレビ前に陣取っているわけである。
一応、ユウキもソファーの隣に座っていたが、横目で見たところ、すこぶる機嫌が悪そうだった。
「……ユウキは、アイドルの麗なんか見たくないのか?」
「はい」
至極はっきりとユウキは頷く。
「なにが良いのか、さっぱりですし」
なら、俺の隣に座らなくてもいいんじゃないかと思ったが、九郎が実際に口にする前に、派手な紹介と共に麗が登場した。
『それでは皆さん、拍手でお迎えください! スーパーアイドル、霧夜麗ちゃんですっ!!』
途端に、スタジオに設えた観客席の客達から、どっと拍手が起こった。
この番組は、普段は若者が好みそうな流行ネタを提示し、コメンテーターが解説する番組なので、もちろんスタジオに来ている客も若者が多い。
そのせいか、「麗ちゃぁあああああん!」と声を揃えて大声を上げる即席応援団までいて、なかなか派手だった。
「皆さん、こんにちはぁあああ!」
豪奢なゴシックドレスを纏ったまま、麗が明るい声と共に、両手を広げる。
スポットライトが当たり、華麗に舞った長い銀髪がきらきらと煌めく。
「お会いできて、麗、とても嬉しいでーーっす!」
観客席の男共からは、「わああああ」という感嘆にも似た声が重なり、女の子達からも、ちらほら「きれい」「可愛い」「うらやましー」「肌が白いっ」などと、羨望と憧れの声が飛んだ。
銀髪碧眼というと、なかなか日本では見られないので、麗の美貌に一層拍車がかかって見えるのだろう。事実、見慣れている九郎の目から見ても、この子はアイドルというか、スターのオーラで溢れている気がする。
「なんですか、あの寒気のするぶりっこ声はっ」
……隣のユウキは違う意見らしく、早速毒づいていたが。
『ところで麗ちゃん、今日来てくれた理由を、ぜひ麗ちゃんの口からっ』
司会がマイクを差し出すと、麗はわざわざそのマイクを受け取り、ふいに表情を改めた。
「お、最初から告知するつもりだな、麗」
九郎が呟いた途端、その予想に応えるかのように、麗が声を張り上げた。
「その説明をする前にぃ、実は麗がこのスタジオに来る途中、空からこんなリングが降ってきたんですよっ!」
手にした銀色のリングをさっと掲げる。
当然、カメラがそのリングを拡大表示した。予定にないことらしく、司会があわあわしていたが、麗は笑顔でどんどん続ける。
「空から落ちてきて、なんだか不思議だなぁって麗は思ったんです。それで、なんとなくこのリングをこうして着けてみたら」
説明しつつ、右手の薬指にリングを嵌めた……なぜそこなのか? という疑問はあるが、まあそれはいい。
「そうしたら、なぜか赤く染まって見えるようになった人がちらほらいて、それってどういう意味でしょうね、不思議ですねー!」
そして……リングをしたままの麗の視線が、観客席の一点で止まった。
途端に、すうっと麗の笑顔が消えた。
(お、おいおい、予定にないぞ!)
九郎は息を詰めるようにして画面に見入った。
万一、スタジオ内にポゼッションされたヤツがいるようなら、実演は避けろと事前に言ったはずだが?
まさか――