どちらが本物の麗か?
知名度というのは、こういう時には有り難いものね。
……某スタジオの控え室で時間を待ちつつ、霧夜麗は思う。
しばらく休むと宣言したにもかかわらず、ふいにマネージャーを通じて「不安そうな都民の皆さんを励ますため、歌いたいです」と様子伺いしてみたところ、「ぜひうちで!」と申し出てくる局が引きも切らなかった。
そのうち、タイミングよく今日この時間に出演可能な番組を持つ局となると、かなり候補が減ってしまったが――都内全域をカバーする、アニメ枠の多い民放局が、辛うじて条件が一致したのである。
宣伝は全然間に合わなかったのにもかかわらず、ネットの掲示板各所で「アイドル霧夜麗が、都民のために歌う!」というスレが立ちまくったため、緊急出演にもかかわらず、認知度はかなり高い。
そこで麗も、以前のごとくばっちりフル装備のゴシックドレスで決め、出演を待っているわけだ。
コルセット装備の薄青いドレスに加え、いつものヘアバンドの代わりに、煌びやかな宝石が散ったヘッドドレスが銀髪を飾っている。
ドレスの胸元も、以前より少し開放気味で、微かに胸の谷間が見えるほどだが――。
あいにく、年齢的にまださほど胸のボリュームがないので、せいぜい嫌みにならない程度にしている。
(まあ……そのうち成長する……でしょう)
少し服の上から胸を触ってみて、麗は自分を慰めた。
十三歳になったばかりの肉体で、これ以上を望むのは無理だろう。今だって、同年代の少女達よりは、少し大きい方だと思う。
やがてノックの音がして、女性マネージャーが顔を出した。
「――あらあらっ!」
化粧台を立った麗を見て、吐息のような声を洩らす。
「今日は……一段と綺麗よ。まるで本物の王女様みたい」
感嘆の声に、思わず苦笑しかけた麗である。
かつては――いや今だって、身分的には本当に王女なのだけど。故国においての最終的な身分は、今もかつてと変わらないはず。
もちろん、そんな思いはおくびにも出さず、にこっと微笑む。
「そうですかぁ? ありがとうございます! 麗、嬉しいですっ」
いつもの自分とは似ても似つかない、明るい声で礼を述べておいた。
普段の麗しか知らないユウキなどが聞いたら、「なによ、その寒気のするぶりっこ声はっ」と罵ること、請け合いである。
アイドルとしての自分は、あくまでわざと作ったイメージだが、別に嫌いではない。
いや、始めた当初は嫌いだったが、九郎が好んでいるのを知ってから、麗自身も気に入るようになった。
本物の、至って物静かな方の麗より、九郎が「アイドルの麗の方がいいな」と言うのなら、麗としては、もうずっとこのキャラクターで通してもいいほどだ。
問題は、どちらが本物の霧夜麗か? などではない。
重要なのは、そんなことではないのだ。
九郎が好む方の霧夜麗こそが、本物の……あるべき自分の姿である。
(今度、どちらがお好みか、九郎さまにお尋ねしてみましょう。あと、髪は長い方が好きか、短い方が好きか、そちらもお尋ねしないと)
麗は心の中のメモ帳に、そっとメモしておく。
「麗ちゃん、そろそろ……?」
「あ、そうですねっ」
しばし考え込んでいた麗は、慌てて笑顔を取り戻し、頷いた。
「麗、今日もがんばりますねっ!」
輝く美貌と明るい笑顔を全開にし、麗はマネージャーの後に続いて控え室を出た。
(九郎さま、テレビでご覧になってくださるかしら)