プリンセスだった人
「どうか、麗を疎んじないでくださいませ」
九郎の動揺を敏感に察したのか、麗は後ろから抱く腕に、きゅっと力を入れた。
「麗が九郎さまのお邪魔をすることはありません……これまで、いつもそうだったように。九郎さまは、ただこうお考えくださればいいのです。危ない時は、いつでも便利に盾代わりにする信奉者ができた、と。事実、麗はそのつもりでいます。先程も、いつものように、下校時の護衛に向かうつもりでしたし」
「えっ、ええっ」
今、むちゃくちゃ想定外のことを言われた気がする。
未だに脳内は飽和状態だったが、九郎は意識して深呼吸などした。
「……ちょっと離してくれる?」
麗に断り、そっと彼女の腕を外す。
めちゃくちゃ惜しかったが、胸が背中に押しつけられた状態で、話など聞けない。
九郎は、二人してリビングのソファーに座るように提案し、ようやく少し落ち着いた。
「それで、麗ちゃん……いや、君の主張するところでは」
「呼び捨てでお願いします」
すかさず口を挟まれた。
「九郎さまのお立場では、それでもまだ丁寧すぎるほどです」
――なんなら、奴隷だと思ってくれてもいいのだ、と麗は真顔で述べた。
「奴隷ね……凄いね、エロゲーみたいだな」
自嘲気味に呟いたら「エロゲーとはなんでございましょう?」と小首を傾げられた。
その真剣な表情、やめてほしい。
あと、今更遅い気もするけど、後からググるのもナシで。
「いやっ。こちらの話!」
九郎は慌てて首を振り、話を戻した。
「とにかく、君――じゃなくて、麗がそういうなら、呼び捨てでいく。で、俺が異世界の魔王だったって? 確か、そう聞いた気がするけど」
「その通りでございます」
年齢的には有り得ないほどの丁寧さでもって、麗が低頭する。
ちなみに、さっきまで少し距離を置いて座っていたのに、いつのまにかぴったりくっついていた。
「陛下、いえ九郎さまと麗は、元はフォートランドと呼ばれる巨大な大陸におりました。もちろん、立場は全く違いますが。九郎さまは魔王としてその大陸を二百年にわたって支配し、眠るように安らかに息を引き取ったのでございます」
「それって……ゲームとかでは、あまり聞かない話だな」
九郎は思わず呟く。
だいたいゲームに限らず、魔王というのは、最終的に勇者やらヒーローやらに倒される存在となっている。
「フォートランドにも勇者はいました」
九郎の呟きに麗が答えてくれた。
「ただし、人間との大戦初期の段階で、最初の勇者は陛下に惨敗し、あと何度か続いた勇者と呼ばれた戦士も、同じく陛下を倒すことはできませんでした。……当然のことではありますけれど」
やたら誇らしげに胸を張る麗である。
少々疑問に思い、九郎は忘れぬうちに質問した。
「ところで、麗はどういう人? 俺が魔王だったというのは保留して、そのフォートランドにおける麗の立場は? どう見ても人間に見えるけど」
「人型の魔族と人間では、見た目だけでは判断できないことも多いですが……そう、当時の麗は人間でした、はい」
妙に限定的な言い方をすると、麗は微笑し、九郎の肩に香しい頭を乗せてきた。
どうでもいいがこの子、至極当たり前のように甘えてくる気がする。
「ファルナス王国という、滅びかかっていた小国の王女でしたわ」
「プリンセス!?」
思わず声が出た九郎である。
普通ならまさかと思うところだが、九郎自身はなぜかすんなりと納得できた。
土下座しようが過剰な敬語を使おうが、この子はどう見ても庶民には見えないと思っていたのだ。
王女だと言われると、ゴスロリ衣装もすっかり姫君のドレスに見えてしまうから不思議である。