ご褒美ねだり
「九郎さまのお望みとあらば、どのようなことでも致しますが、アイドルとして、ですか?」
可愛らしく小首を傾げる麗に、九郎は頷く。
ついでに自分も隣へ座り込み、気安く麗の肩を抱いた。
魔王としてのかつての記憶が混在して有り難いことの一つは、こういうことがごくさりげなくやれるようになったことだと、九郎は思う。
そして、こうなってヤバいことの一つは、明らかに麗も積極的に応えてくれることだろう。今も、吐息をついて自分から九郎にもたれ掛かってきた。
傍目から見ると、恋人同士が仲睦まじくしているようにしか見えない。
「実際に効果があるとはいえ、人はそれを勧める人間を見て、判断するものだからな」
間を外す意味でも、九郎はさらりと言う。
ざっと、麗にやって欲しいことを説明した。
「――というわけで、これは多分、麗が最適任だ。ただし、麗に頼む本当の理由は、俺のわがままなんだけどな」
「わがまま……ですか」
九郎にしなだれかかったままの麗が、囁くように問う。
今日もノースリーブのシャツとショートパンツという軽装なので、前の九郎なら、この時点で頭が茹だっていたかもしれない。
「そう、わがままだとも。魔王だったかつての記憶が怒濤のごとく蘇りつつあるとはいえ、あくまでも俺の意識の主人格は敷島九郎なんだ。そして、その九郎は嘘偽りなく、おまえのファンだった。もちろん、今だってその気持ちは変わらない。だから、麗がまたテレビで、人気アイドルとして登場するのを見たい――そう思ったわけだ」
「……嬉しいお言葉です。もちろん、喜んで務めさせて頂きます」
「悪いな。そうだ、なにか褒美をあげようか?」
九郎が試みに尋ねると、麗は切れ長の目を見開いた後、ためらいがちに述べた。
「それでは……もし差し支えなければ、どうか麗に……」
最後まで言わず、麗がまた目を閉じる。
長いまつげが、何かを期待するように微かに震えた。
何を「お願い」されているのか、今の九郎は即座に理解したが、これはさすがに「あ、余計なことを言ったかもな」と思わないでもなかった。
しかし、それくらいなら、魔王だった頃にも何度か麗にしたことがある。
だいたい、今の九郎は堂々たる独り身だし、彼女すらいないのだ。
どこからも苦情は来ないはず。
(まあ、問題あるまい)
ユウキが覗きに来る気配がないのを確かめた上で、九郎は麗に覆い被さるようにしてそっと口付けした。
すぐに身を離すつもりが、麗も自ら抱きついてきて、不覚にもお互いに絨毯の上に折り重なるように倒れてしまった。
お陰で、思いのほか長いキスとなった……。
――そんなことがあった翌々日、九郎は(今日は人型に戻った)ユウキを伴い、近所のテレビ局がある高層ビルへ向かった。
まともな住人はみんな閉じこもっているせいか、路上は都内とは思えぬほど閑散としている。
しかしもちろん、ここは例に漏れず元気に営業中だし、ズカズカ入ってきた九郎達を、受付嬢も見逃すことはない。
受付デスクを見もせずにスルーして歩く二人に、慌てたように声をかけてきた。
「あの、失礼ですが……あの……ちょっと待って!」
最後は叫んで寄越したが、九郎は無視してずんずん歩いて行く。
だが、さすがにエレベーターホールに至る頃には、制服着用の警備員が、二人して駆けつけてきた。
「ちょっと、あんた達っ」
「無礼者っ、誰を前にしていると思ってるの!?」
スーツ姿のユウキが前へ出ようとしたが、九郎があえて止めた。
「いいさ、ユウキ。それで、なにか?」
「いや、『なにか?』じゃないだろっ」
警備員は既に喧嘩腰だった。
「正気だろうな、おまえっ」
「なんの用件で入ってきたんだ!」
いきり立つゴツい二人組のうち、九郎は特に後者の質問に答えてやった。
「うちの屋上から見たら、ここのヘリポートにヘリがあるのが見えたからさ。ちょっと借りようかなぁと」