国内暴動状態
ユウキの報告があった翌日……より正確に言うと、ポゼッションによる官房長官の宣戦布告と自殺があった日から数えて僅か十日後、混乱の最初の兆候があった。
いや、それまでも、「うちの父が、本物の父じゃない!」とか「息子が明らかに、異世界の誰かに乗り移られてっ」など、出来損ないのSFじみた事件が頻発し、各メディアが面白おかしく報じていた。
やれ、有名人の誰それの家で、奥さんが「あの人は偽物ですっ」などと警察に訴えたとか、「兄に襲われかけたっ。あれはきっと兄ではなく、異世界人か宇宙人ですっ」と訴え、家人が――コトもあろうに宗教団体に駆け込んだとか、そんな事件はうんざりするほど多発したのだ。
これを、視聴率至上のマスコミが放っておくはずもなく、スタジオでの血なまぐさい事件があったところだというのに、朝から晩までその手の報道番組で持ちきりだった。
当然、「恐怖! 隣人や家族が別人に!?」などの煽り文句百パーセントのキャッチコピーを入れて。
これは、視聴率を稼ぐという意味では、大成功を収めた。
歴史上類を見ない事件が起こって、皆が不安に思っていた時だったから、続報を得ようとテレビにかじりつくのは、ある意味で無理もないことである。
しかし、あいにくこの情報の錯綜は、ろくな結果を生まなかった。
それまで普通に過ごしていたのに、「そう言えば、うちの家族も前から挙動がおかしかった!」と叫び出す住民が、やたらと増え出したのである。
おまけに「異世界の侵略だっ。人類の終わりだ!」とばかりに、食料や日用品の買い占めに走る都民……いや、都民ばかりではなく、日本中の住民が買い占めに走り、都市部では暴動が増えていった。
ユウキなどは、「……この世界の住人は、随分とモロいですねぇ」と呆れたように呟いていたが、そうはいっても、勘違いだけならともかく、実際に他人と入れ替わっていたと思われる例も頻発していたのだから、国民だけを責めるわけにはいかないだろう。
「学校の方から、なにか連絡は?」
移動したマンションの部屋でテレビを見ていた九郎は、隣に座すユウキに尋ねた。
「無期限休校は解けていませんわ」
ユウキは肩をすくめて首を振った。
「この状態だと、通学すらも危ういということで……とてもではないですが」
「マジで辻斬りじみた事件も増えたしな、学校でのんびり勉強している暇もないか」
後を引き取り、九郎は息を吐く。
「しかしアレだ……救いがないと思うと、人は幾らでもヤケになれるらしいな」
新たに、政権与党の有名政治家が、某野党代表を暗殺した、などという速報が流れるのを見て、九郎はソファーを立った。
もちろん、今の事件も問題の暗殺犯はポゼッションされていたのだろうと思うが……案外そうではなく、自分の考えで殺したのかもしれない。
多くの勘違いした犯人と同じく、『俺を非難するあいつは、とうに敵と入れ替わってやがるんだ!』と勝手に断定して。
リビングルームから、十畳間の方へ移動すると、麗が大量の段ボール箱を前に、静かに魔力を注入していた。絨毯の上にぺたんと女の子座りしたまま。
「そのままでいいぞ」
彼女が慌てて魔道術を中止しようとしたので、九郎は手を上げて止めた。
彼女の周囲を囲むように置かれた箱の中には、夜店で買えるようなごくごく安物の指輪というか、リングが詰められている。
一区切り終わるのを待ち、九郎は麗に尋ねた。
「どうかな、調子は?」
「リングは小さいので、一度に大量に処置できて、助かります。既に五万個以上は使用に耐えるかと」
「そうか、ご苦労様。まず、最初の出荷分としてはいいかもしれないな。どうせ都内の人口も減っていることだし」
九郎は、煌めく銀髪を撫でてねぎらう。
十三歳とはいえ、転生前の記憶を引き継ぐ彼女に、そういう子供っぽいことをするのはどうかと最初は思ったが――ユウキと同じく、いやそれ以上に麗が喜んでいるのがわかり、以後、九郎は遠慮しないことにした。
「売れっ子アイドルに単純作業させて、悪いな」
「とんでもありません……こうして九郎さまのおそばにいられるのですから、アイドル活動などはもう――」
「いや、まあそう言わないでくれ」
九郎はか細いおとがいに優しく手を当て、恭しく低頭した顔をそっと上向けた。日本人中学生の意識が交じった今は、傲慢なやり方だと思わないこともないが、これもまた、麗が喜んでいるのがわかるので、特に遠慮はしない。
潤んだ碧眼をじっと見つめ、九郎はわざわざ頼み込んだ。
「ここは一つ、麗のアイドルとしての力を借りたい」