予の分を残してくれていたようだな
味方の半数が、麗によって壊滅に瀕していたその時、陸士長エイレーン率いる本隊の方も、災厄に見舞われていた。
既に再度の変化を果たしたユウキによって、半ば以上、壊滅状態にあったのである。
ユウキはエイレーン達の気付かぬうちに周囲に結界を張り、どこからも邪魔が入らないようにした上で敵兵の真ん中へ躍り込み、存分に蹂躙してのけた。
『これで、おまえ達も身の程を知りましたかっ』
死体が溢れる路上を見渡し、ユウキは凶暴な牙を剥きだしてせせら笑う。
既に、エイレーン以下、生き残りは数名ほどに過ぎない。後は全て、瞬く間にユウキによって倒されている。
彼女にとっては、主人であり創造主でもある九郎は、まさに己の全てなのだ。
にもかかわらず、武器所持でその大切なご主人様に接近しようなどとする輩に、遠慮する気は全くない。
こういう点では、普段仲が悪い霧夜麗も、ほぼユウキと同じ意見である。
きっちり二手に分かれていた敵を、それぞれが分担して殲滅できたのは、敵の気配を感じて同時に部屋を出た二人が、あらかじめ倒す分担を決めたが故である。
『私とおまえ達とのこの力量差を見るがいいわ! これこそが、我が主人の神にも等しい力を示しているっ。わざわざ屍を晒しに遠い異世界まで来るとは、ご苦労様ですねっ』
「おのれっ」
エイレーンは未だに戦意を失わず、暗い歩道で仁王立ちしていた。
「これほどのファミリアが、これまで全く知られずいたとはっ」
『狼形態のファミリア多しと言えども、私は他とは一線を画すのよ……今の毛並みの色を変え、我が名を教えれば、貴女もおそらく聞き覚えくらいはあるでしょうね。でも、あいにく生かすのは一人だけよ。後はことごとく殺す! それが、不敬を働いたおまえ達の定めっ』
ユウキの宣言に、まだ残っていた三名ほどの兵士が激怒し、銃を向けた。ためらいもなく引き金を引き、同時に轟音を響かせる。
「黙れ!」
「大口を叩くな、ファミリア風情がっ」
「死ね、獣めっ」
彼らの銃は、通常の弾薬ではなく、魔力を封入した魔導弾装填の銃だったが――
……光の筋を残して殺到した魔導弾は、全てユウキのすぐ至近で無残に四散し、蛍火のように散ってしまう。
殺された他の兵士と全く同じ有様であり、純白の巨体には、未だに傷一つ付いていない。
『そんな弱々しい魔力で、私の魔力シールドが破れるものですかっ』
「伏せろ、おまえ達っ」
ユウキの殺気を感じたのか、エイレーンが叫んだが、あいにく一拍遅かった。
純白の巨体が一瞬で黄金色のオーラに包まれたかと思うと、ユウキが大口を開けて存分に吠えた。「ウルフハウリング」と彼女が自称する、一種の攻撃魔法だが、吠え声と同時に光芒を伴う衝撃波が一直線に走り、銃を手にした敵をあっさり引き裂いた。
彼らはそれぞれその場から吹っ飛ばされ、空中で肉体を四散させ、物言わぬ肉塊と成り果てて路上にべしゃっと落ちてしまう。
部下の悲惨な最期を見て、エイレーンは歯を食いしばった。
「こ、このケダモノめっ」
役に立たない銃を捨て、エイレーンは魔力付与の剣を抜いて、まっすぐに走った。
(あいつの喉を狙うっ。まさか不死身のはずがないのだからっ)
一撃必殺のみを念頭に、一瞬で敵の間合いに入った。
「食らえっ」
「うむ、予の分を残してくれていたようだな」
「――なっ」
斬りかかる寸前に、エイレーンは誰かの姿を見た気がする。
そいつは黒い影となって、狼の後ろに自然体で立っていた。
とにかく、そいつの姿を目にした瞬間、エイレーンは不可視の力に撥ね飛ばされ、あっさりと意識を失った。