敵が迫る
ハイランド帝国の戦士であり、優秀なルーンマスターでもあるエイレーンは、帝国では士官候補生の地位にあった。
それが、陸戦部隊の指揮を執るナナキ将軍の命令で、いきなり大隊規模の戦士を預かる陸士長に昇格したのである。
帝国は陸戦部隊と空戦部隊に大きく分かれているが、ナナキは侵攻軍のうち、陸戦司令である。
ナナキから見れば、陸士長は下っ端とはいえ、帝国内では既に将校扱いとなる。
まあ……ナナキの気まぐれによって、いつ何時ふっ飛ぶかわからない地位とはいえ。
しかし、士官学校でも常にトップクラスの成績を取り、実地の魔導試験でも上位に入っていたエイレーンは、着任した以上、全力で任務に当たるつもりだった。
不届きなファミリアの主人を見つけるため、命令された直後から捜索活動を続け、夜半にはもう、九郎が住むマンション付近まで捜査範囲を絞っていた。
「調査班の連中の魔力探知報告では、怪しいとされた地区のうち、この近辺が最もルーンマスターが潜んでいる可能性が高いということだったわ」
エイレーンは、集結した十数名の部下達に向かい、説明した。
「数回、軽微な魔力反応があったとか。その情報に基づき、新たに地図に捜査範囲を示す範囲を書き込んだから、各自参照にしなさい」
持参した地図を、全員に配ってやった。
私服に着替えているし、今は児童公園内に不可視化の魔法をかけて集まっている。本格的に住民に溶け込んで調査するのは日が昇ってからだが、既に部下を先んじて派遣し、少し前から監視活動を始めているのだ。
エイレーンはポゼッションして住民に潜り込むグループを仕立て上げ、必ず謎のルーンマスターをあぶり出す気でいた。
「ポゼッションにふさわしい現地住人は、もう拉致していつでも使えるようにしてあるわ。でも、監視任務は昼間から継続して、今夜も行います。交代要員を連れて来たから、これまで監視巡回していた者は、速やかに交代して休みなさい。……なにか質問は?」
「陸士長!」
挙手した男を指差すと、彼は緊張したように話し出した。
「ご命令通り、午後からずっと魔力探知を試みていましたが……実は、つい先程、微かな魔力を感じました。警戒中のことだったので、間違いはありません」
……この発言をユウキが聞いていたら、思わず臍を噛んだかもしれない。
なぜなら彼が探知した魔力とは、自室に戻ったユウキが、狼タイプから人型に戻った時のものだからだ。普通、その程度の魔力を探知するのは難しいのだが、探知魔法を常用しつつ監視していたとなれば、話は別である。
「そう!」
報告を聞いたエイレーンは、大きく頷いた。
「お手柄ね。それで、貴方の担当していた場所は、どの辺りかしら?」
「ここから見えます、陸士長」
褒められた兵士は、張り切って振り向き、後方を指差した。
「あの小高い丘に建てられた、マン……マンションですか? その集合住宅付近です」
「間違いないのね?」
エイレーンが念を押すと、彼は自信ありげに即答した。
「その時ちょうど、マンション前の歩道を巡回していましたから、自信はありますっ」
「よろしいっ」
エイレーンは、即断した。
「予定を変えて、ここにいる全員で、まずあのマンションを調べます。あえて面倒ごとを起こす必要はありませんが、我らの任務は謎のファミリアとその主人を見つけることです。多少の荒事はやむを得ません! いいですねっ」
『――はっ!』
私服着用とはいえ、全員が軍人らしく敬礼で答えた。