これを見ている者は、覚悟しておけよ?
どうやら番組は、特別報道番組と称して、今日一日の同時多発テロ事件について話しているようである。
識者と呼ばれる軍事評論家や暇そうな政治家、それに、このような時には必ず出てくるコメンテーター……果てはお笑い芸人までが、深刻そうな顔を並べているが、まあ臨時にこんな番組をぶっ込んだテレビ局の本音は「よい視聴率稼ぎの事件だわい!」というところじゃないだろうか。
ネット世代の悪癖か、なぜかマスコミに厳しい九郎は、そう疑ったりした。
「麗、この番組がなにか?」
ユウキに跨がったままで九郎が尋ねると、彼女は画面の中の一人を指差し、「この男から、魔力を感じます」と断言した。
「民心党の……結構有名な政治家だけど?」
政治に疎い九郎でも知っているくらいで、知名度だけは抜群である。
よくテレビにも出ているが、特に政治でなんらかの功績を挙げたという話は、とんと聞かない。とはいえ、こんな時にこんな番組に出ているのは、かなり奇妙なことかもしれない。
『我が君っ』
金色の瞳で画面を見ていたユウキまでが、独特の声で囁いた。
『本当ですっ。彼から魔力を感じます。おそらく、ポゼッションされているかと!』
「二人がそう言うなら、間違いないな」
さすがに九郎はユウキの背中を降り、麗の隣に陣取った。
「問題は、この人に化けて、一体なにをやろうってことかだ――おっ」
丁度、なぜか司会役を任されたお笑い芸人が、腕組みした問題の男に尋ねた。
『保坂さん、このお忙しい時に、わざわざご足労頂き、ありがとうございます!』
嫌みのような前置きと共に、質問を投げた。
『政治家としての見地から、今日の事件はどうです?』
『まあ、敵の意図は明らかですね』
腕組みを解いた保坂は、息を吹き返したように語り出した。
『最初に、官房長官の自殺騒ぎがありましたが……あれは実は、元の官房長官ではありませんな。中身はそっくり、敵の兵士と入れ替わっております』
「おいおいおいっ」
事情を知っている九郎ですら呻いたが、もちろんスタジオの中も大いにざわついた。
どうやら視聴者から見えない位置にカンペがあったのに、保坂は無視したらしく、慌てたようなディレクターの姿がちらっと映ったほどだ。
海千山千のお笑い芸人ですら、一瞬、言葉を失っていた。
それでも、かろうじて訊き返したのは、上出来だったろう。
『そ、それでは……保坂さんはあの謎の宣戦布告は、明らかに未知の敵によるものだと? 自殺した長官の世迷い言などではなく!?』
『世迷い言はおまえの方だ、愚か者』
いきなり保坂は本性を現した。
立ち上がってぎらっと中央に座る芸人を見やり、吐き捨てるように言う。
『覚えておけ、この世界の人間ども。今日の無差別殺人は、あくまで侵略の予兆に過ぎない。これからおまえ達は、昼も夜も怯えることになるだろう……周りの隣人はおろか、自分の家族達ですら、本物かどうか疑わざるを得なくなる。実際、もうこの国の政治家や要人の大半は、我らが帝国軍の精鋭と入れ替わっている。その証拠にほれ、この保坂という男も、とうに別人なのだよ』
長広舌を振るうと、保坂はふいに虚空に手を伸ばし、なにもない場所から長剣を掴み出した。素早く鞘を払って剣を抜くと、ためらいもなくそれを持ち上げる。
「おいっ」
「打ち合わせにないぞっ」
何名かが声を上げたが、保坂はそれらは傲然と無視した。
代わりに、カメラの方を見てニヤッと笑った。
『これを見ている者は、覚悟しておけよ? じきに貴様達の番だ。疑うがいい……貴様の隣にいる相手は、本当に貴様がよく知る者なのかをな。あるいは、中身は我がハイランドの兵士かもしれんぞ? はーはっはっは!』
『おい、ちょっと――ぎゃあああっ』
訳もわからず立ち上がったお笑い芸人がまず斬られ、その後、スタジオ内は阿鼻叫喚の有様となった。
画面がブラックアウトするまで十秒ほどだったが、その間に保坂……いや、保坂に入り込んだ誰かは、思うさま暴れ、少なくとも三名を斬り殺していた。




