アイドルになった理由
いや、部屋自体は、そうおかしいものではない。
むしろ、ここも机やチェストなどが白で統一されていて、とても清潔感がある。
ただ、九郎が目を奪われたのは家具や調度品などではなく、部屋に飾られている写真である。
入った正面奥に机があるのだが……その少し上の壁に、限界まで引き延ばしたかのような、大判のポスターがあるのだ。
いや、ポスターというより、元は画像データを引き延ばした物に過ぎない気がする。つまり、お手製のポスターか?
おまけに、肝心の被写体はゴルゴ13の手配写真のごとく、よそを向いている。
当然だろう、なにしろ、下校時の相手を遠くから望遠かなにかで写したものなのだから。
――早い話、貼られているのは九郎本人の引き延ばされた写真なのだった。
ひと目見ればわかるのに、理性が「んな馬鹿な」と否定するので、認めるまでめっぽう時間がかかってしまった。
「……これ、マジで俺かっ」
再び呟きが洩れたが、よくよく部屋を見渡すと、他の壁にも何枚かの自家製ポスターがあった。恐るべきことに、全てが学生服や私服姿の九郎の姿である。
いつ撮られたのか、全然記憶にないところが凄い。
一番目立つのは部屋に入った途端に見えるポスターで、下の方に綺麗な字で「我が愛する魔王さま……今は敷島九郎さま(はぁと)」とある。
ちなみに、「はぁと」は文字じゃなくて、ちゃんとハートの形にピンク色で塗られている。
たとえばアイドルの追っかけなどが、このような写真を撮り、部屋に貼りまくるケースも多いかもしれない……あいにく九郎はアイドルどころか、その辺にゴマンといる、ただの中坊だが。
「どうして――」
「……見てしまわれたのですね」
ふいに背後から声をかけられ、九郎は「ひっ」と声が洩れそうになった。
しかし、振り向く前にふんわりと背中から腕が回され、甘い香りに包まれてしまう。
後ろから抱き締められているっ!? と理解が及んだのは、背中に控えめな膨らみが押しつけられたからである。
さもなくば、この期に及んで他の可能性を考えたかもしれない。
「崩御された陛下が、異世界であるこの地に転生されたことを知ったのは、貴方さまの死後、二年が過ぎた頃でした。その時点で麗は、すぐにお後を慕って転生の秘術を使い、この地で生まれ変わったのです……」
はあっと儚いため息をつく。
ちなみに、まだ抱き締めたままである。
「転生直後はすぐに記憶が戻らず、ようやく全てを思い出したのが、今から三年前の十歳の折りでした……それからの麗は、ずっと陛下を遠くから見ていましたわ……今生で、再び陛下のお目に叶うかどうかが不安なので、ついぞ声はおかけしませんでしたが」
なにを言ってるのか、この子はっと思ったが、そう言えば彼女は先程、九郎を別人の名前で呼んだ。よもや、それが異世界の魔王だとは思いもしなかったが。
つまり今の言い方からして、この子はなんらかの原因で元の世界で亡くなった九郎(魔王)を追いかけ、わざわざ日本で転生したらしい。
後を慕いというのは、そういう意味だろう。
もちろん、九郎が納得できるかというと、返事は完全にノーである。
「いやしかしっ。それはあまりにも都合が良すぎるっ。俺は去年からこっち、霧夜麗のファンだったんだ! そんな偶然、普通はないだろっ」
脳が飽和状態だったせいか、九郎の声はかなり熱が入っていたし、声も大きかった。
しかし……背後に寄り添う麗は、特に動揺した様子はない。むしろ、微かに含み笑いなどしていた。
「ふふふ……それでは、麗の努力は実ったということですね? 密かに人を使い、九郎さまのお好みを探り出し、貴方に選ばれる女であろうと務めた結果が、この霧夜麗なのですから。どうでしょうか? アイドルとしての麗は、お気に召して頂けましたか?」
「……えっ」
ふいに九郎は思い出した。
そういや、最初に霧夜麗のことを教えてくれたのは、ヤケにしつこく勧めてくれた友人だった。まさか、彼もこの子の差し金で……て。
危ない、それは危なすぎるっ。この子、実はとんでもないストーカーだったのかっ。