スーパーカーも真っ青
しかも、なにやらユウキがごそごそする気配と、衣擦れの音がしたりする。
どうも……廊下を出てすぐの洗面所にいき、そこで服を脱いでるような。
「そうか、変化するとその場で服が破けてしまうのな」
元担任がすぐそこで裸! ということをあまり考えないよう、九郎は冗談めかして呟いた。
「その通りでございます」
適当に言ったのに、麗が頷く。
「まあ、狼は元から裸なわけですから」
「どっちが本体なんだ?」
「ユウキの場合は、どちらも本体と言えるでしょう。九郎さまの創造された魔法生物なのですから、どちらが仮初めの姿ということではないはずですわ」
ユウキのことはどうでもいいのか、麗は事務的に説明し、リビングに置かれたテレビを見つけて、「情報収集してもよろしいでしょうか」と尋ねてきた。
九郎が許可すると、後は言葉通り、ニュース番組をあちこち見始めた。
なにか目新しい情報を探しているのかもしれない。
九郎もソファーからテレビの方に注意を持っていかれかけたが……微かにドアが開く音がしたので、さっとそちらを見た。
……見て驚いた。
「うわ……デカっ」
大きいとはわかっていたが、のそのそと入ってきた巨大純白狼を見ると、思っていた以上にデカい。リビングから廊下へ出るドアはかなり幅が広かったはずなのに、この狼が通るにはギリギリである。
正直、九郎が背中に乗っても、全然余裕そうだった。
「うわぁ」
ソファーのところまで歩み寄り、鼻先をスンスンいわせるユウキに、九郎はすっかり魅了された。大きさはもちろん、純白の毛並みがめちゃくちゃ綺麗である。
黄金色の瞳というのも、なんだか神聖な雰囲気がある。
おまけにユウキは甘えるように鳴きつつ、前足を九郎の膝にかけて上体を持ち上げ、ぺろっと九郎の頬を舐めたりした。
「はははっ。そ、それは嬉しいけど、くすぐったいな!」
……冷静に考えると、元の結城先生が裸になって舐めてきたとも言えるのだが、見た目が狼なので、あまり抵抗感がない。
麗は横目で睨みつつ「不潔なっ」と憤然と呟いたりしていたが、今のところ、それ以上の口出しはしてこなかった。
「狼バージョンだと、しゃべれないのかな?」
『いいえ、そんなことはありませんわ』
やや不明瞭な聞こえ方だが、それでも元先生の声だとわかる程度には、ちゃんと聞き取れた。
「こりゃ凄いっ。……ちなみに、背中に乗ったら怒るかな?」
『まさか! 以前の我が君は、よく騎乗して戦場でお使いくださいました』
「……ごくたまに、だったはずだけど? 麗がいることを忘れてない?」
ユウキの返事は恫喝のごとき唸り声だったが、九郎は自ら立ち上がり、「じゃあ、お言葉に甘えてちょっと頼む」と騎乗を希望した。
たちまち機嫌を直したユウキが、今度は腹這いになるような低い姿勢を取り、九郎が乗りやすい体勢を取ってくれた。
おそるおそる跨がったが、背中も広いので、意外と安定している。
失礼な話かもしれないが、手綱があれば、さらに安定するだろう。
ユウキがゆっくりと立ち上がると、九郎の爪先が床から離れた。
「乗せた状態で、どのくらいのスピードが出る?」
『軽く、数百キロは出ましょう。それと、ユウキは魔法生物ですから、魔力が供給される限り、無限に走れますわ』
「おおっ!? スーパーカーも真っ青だなっ」
九郎が感心して声を上げた瞬間、一人だけ蚊帳の外だった麗が、ふいに声を上げた。
「九郎さまっ。画面をご覧下さい!」
随分と緊迫した声で、邪魔する意図だとは思えなかった。
九郎もユウキも、即座にテレビの方に注目した。