ユウキの変化
「なにか、暴れた事情があるんだろ?」
九郎が水を向けると、ユウキはようやく話し始めた。
「その……我が君が早退されたことは知っていたのですが、官房長官の自殺事件があった直後、緊急職員会議が行われて、急遽、休校が決まったのです。ただ、私はあの事件は敵のポゼッションによるものだろうとすぐにわかったので、ひとまず我が君の安全を確保しようと、探しに出向くことにしました。なぜかここの電話にもお出になりませんし、携帯もつながりませんでしたし」
「あ、ごめん……iPhoneの電源、落としたままだった」
思い出した九郎は、頭をかく。
ごまかすように先を促した。
「それで、なぜ新宿?」
「普段の私は、ファミリア故の見えない霊的な繋がりで、我が君がどこにいようと探知できます。実際、しばらく秋葉原の辺りにいらっしゃったことはわかっています」
ユウキは、なぜか非難するような目つきで、涼しい表情の麗を見た。
「そこから探知できなくなった理由も、今ならわかります。麗のギフト、シークレットガーデンが発動していたのでしょう? それだと、私にも探知できませんから。まさか、彼女とご一緒だったとは」
「あ、ああ……なるほど。まあ、あれは仕方ないよ。あそこで目立つのはまずかったし。ちなみに麗とは偶然会ったんだ」
九郎は、さりげなく言い訳しておいた。
「秋葉原では、なにかあったのですか?」
好奇心満々というか、多少の嫉妬を含めて尋ねるユウキに、九郎は「いや、アイドルだから目立つだろ?」と簡単に答えておく。
「それで、そこからどうして新宿へ?」
「いえ、学校を出る前に山岡君に『敷島君の行方を知らない?』と尋ねたところ、彼は『あいつなら多分、秋葉原か新宿のアニメイトで、限定グッズを買いにいったかと』と、やたら確信ありげに言われたので」
「山岡のせいだったのか!」
隣席の脳天気な友人の顔を思い出し、九郎は喉の奥で唸った。
「先に秋葉原のアニメイトへ向かいましたが、山岡君の言う限定グッズが売り切れだったので、これはてっきり新宿かと」
「ああ、もういいよ、グッズの話は」
九郎は慌てて遮った。
確かに、アニメイトへ買い物に行く予定もあった……麗と遭遇してから、いろいろあって忘れていたが。
あと、問題の限定グッズは、麗がヒロインの声を当てたアニメ関連なので、あまり話題を引っ張りたくない。
まあ、右横で幸せそうに微笑む麗を見ると、どうもバレている気もするが。
「じゃあ、敵の兵士をどっかーんとぶっ飛ばしていた理由は?」
「それは……私、人が死ぬのに特に抵抗はないのですが」
真面目な表情のまま、ユウキは元教師とは思えない発言をしてくれた。
「でも、子供だけは駄目なのですっ。子供だけは可愛くて……それで、ポゼッションした敵が中学生を襲おうとするのを見てしまい、堪えきれずに助けに入りました。一応、変化したのは、この姿ではまずいと思いましたので」
「なる……ほど」
なんというか、短い時間の割に、やたらと数奇な運命だが……そういう事情ならわからなくもない。
九郎は肩をすくめ、これ以上の小言は控えることに決めた。
だいたい、自分だって騒ぎらしきものを起こしているのだ。
「あのさ、理由わかったから、もうテレビに映ったことでごちゃごちゃ言う気はないけど、俺の個人的な興味として、あのでっかい犬……じゃなくて狼? とにかく、アレになって見せてくれないか。そばで見たいんだけど?」
「もちろん、我が君の仰せとあれば!」
ようやくユウキの顔に笑顔が戻った。
「では、しばし隣の部屋をお借りします」
「いや、借りるなら俺の部屋じゃなくて、廊下出たところの洗面所辺りでっ」
麗のポスターが貼ってあるのを思い出し、九郎は慌てて指示した。
ていうか、スカッと一秒で変化できないのか。