水着イベントの誘惑
公園で二人して存分に気恥ずかしい思いを味わった後、九郎と麗は一旦、家に戻ることにした――のだが。
途中、量販店のショーウィンドウ前で麗が立ち止まり、「ああっ」となにやら責めるような声を上げた。
身に覚えはないものの、なんとなく九郎が緊張すると、麗がウィンドウの中の商品――つまり大画面テレビを指差し、「ご覧下さい、九郎さま」と不満そうに言った。
見た瞬間、九郎は確信を持って「素人動画だなあ」と呟いてしまった。
なにしろ、映っていたのが車道を逆走する巨大な犬……または狼モドキである。
おまけにそいつが、金髪の誰かを前足でぶちのめして殺してしまう場面なのだ。YouTubeにあるような、フェイク動画に決まっている。
だいたい映像がブレブレで、見にくくて仕方ないではないか。
「ユウキのばか……新宿くんだりまで、なにしに出たの」
「は? ユウキ!?」
ここで、さすがの九郎も嫌な予感がした。
その上、画面の中で場面が切り替わり、ニュースキャスターが出てくるにつけ、ようやく「もしかして、本物の映像かっ」と疑い始めた。
「その名前っ。まさか、学校の結城先生……いや、元結城先生じゃないよな? 実は、ユウキという名のファミリアだと聞いてはいるけど」
「……申し上げにくいことですが、ところがアレは真実、そのユウキなのです」
気の毒そうというか、「あいつ、殺しませんか!」とでも言いたそうな顔で、麗は教えてくれた。
「あの女は、ああいう獣にも変化できるということです……もちろん、我が君がお与えになった力なのですけど」
「お、俺かあっ」
さっきまで他人事全開で、「うわ、なんだこの素人丸出しのインチキ動画っ」とか思っていたばかりである。
九郎も、そこで自分の名前が出てくるとは思わなかった。
まあ、ユウキ自身も自分の主人は九郎だとほのめかしていたが。
「そう聞くと、急に今の殺人動画に責任感じたりして……いや、よくよく考えたら、撥ね飛ばされてるのは敵のような気がするけど」
「テロリスト扱いされている敵ですね」
麗も頷いた。
「当然、九郎さまに責任などありませんが……今、ご自宅に戻ると、あの女も戻っているかもしれません」
麗が実に嫌そうな顔で言った。
その後で、名案を思いついたようにぱっと顔を輝かせた。
「この際、二人で遠くへ避難しますか?」
「避難!? まさか、麗と?」
「はい、ええ……はいっ」
麗は感激したように何度も頷く。
「幸い、麗は用心のために、都内に何軒か隠れ家を持っています。場所をお教えしますから、九郎さまのお気に召す隠れ家をお選びください。プールのある広い隠れ家もございますよ。もちろん、二人きりですわ」
さりげなく腕を絡めてきた麗が、そんなことを囁く。
なんという甘美な申し出だろうかっ。
九郎は一瞬にして、水着姿の彼女と戯れる自分を想像してしまったが……さすがに二つ返事で頷くのは堪えた。
「いや……有り難い話だけど、まず帰宅しよう。どういう事情だったのか、先生――いや、ユウキに尋ねないと。放り出して逃げた後、あの姿で暴走されたらたまらんし」
「既に暴走していますが……そうですか、では後日の機会に」
諦めきれない様子で、麗がため息をつく。
画面の中で繰り返される録画映像を、恨めしそうに睨んでいた。
「帰宅してかち合っても、喧嘩しちゃ駄目だぜ?」
九郎は思わず、麗に念押しをした。
……あの体躯だから、巨大狼に麗が勝てるとは思えないのが普通だが、なぜか九郎は、そうとも限らない気がしている。
今や、この子も相当な実力を持つ戦士だと確信していた。
だがいずれにしても、自分の味方二人が殺し合うところなど、見たくないに決まっている。