巨大ファミリアの咆吼と、致命的な地図
通行人が映したのか、ブレまくった素人撮り丸出しの映像だったが――それでも、車道を逆走して必死に逃げる金髪の男と、背後に映った巨大な獣がわかる。
このうち、金髪男は武器を手にしているので、作戦遂行中の侵攻軍兵士であることは間違いない。
問題は彼を追いかける方だ……それはまさに、大型の獣としか言えない「なにか」で、おそらく純白の狼を通常の数倍ほどに巨大化すれば、こんな姿になるだろう。
もちろん、サイズからして地球上には存在しない生物である。
そいつは、常人にしてはかなりのスピードで逃げる兵士にあっさり追いつくと、巨大な前足を振り上げ、一撃で彼を吹っ飛ばしてしまった。
見ていた誰もが「あ、飛ばされた方は死んだな」と思うような勢いであり、容赦がなかった。 獣はそこで満足したのか、あえて死体を調べる様子は見せない
ただ、その場で空を見上げ、見物人達の肝を潰すような声で吠えると、そのまま歩道へ飛び込んで走り去った。
携帯で撮影していた呑気な通行人達がわっとばかりに散ったが、彼らには一切、目もくれず。たちまち白い姿が遠ざかり、フレームアウトしてしまう。
ナナキはそこで録画を切り、端的に述べた。
「地下鉄構内で戦死した方は、今調査中ですが……新宿で撮影されたこの映像の方を見れば、巨大な生物の正体はわかります。おそらくは魔導的な方法で創造された使い魔――つまり、何者かに使役されたファミリアでしょう。画面に映っていた我が方の兵士は一人ですが、さらに一人、後でこのファミリアによって殺されたことが判明しています。そしてファミリアがいたということは、つまり――」
そこでナナキは、じろっと前に立つゲイツ陸士長と……それに、他の部下達を睥睨した。
「つまり、少なくともこの世界には、我らと同等か、あるいはそれ以上に魔導に長けた者がいるということです。事実、こうして兵士の犠牲も出ていますからね」
「し、しかしっ」
たまりかねたのか、陸士長が訴える。
「そのような者の存在は、先行していた調査班も一言も言及したことがなく」
「眼前の事実を無視して、己の非を認めぬ輩に用はありません」
ナナキは冷たく遮ると、ごくごく軽く左手を振った。
途端に、「けっ」と奇妙な吐息のような声を洩らし、ゲイツはその場に潰えた。横倒しになった巨体がびくびく震え、白目を剥いている。
やがて、その痙攣も止み、鼻からすうっと鮮血が垂れた。
事切れたのは誰の目にも明らかだったが、あえてそちらを見る者はいなかった。
「……ゲイツ陸士長は、己の不明を恥じ、名誉の自決を遂げました」
しれっと言うと、ナナキはゲイツの背後に並んでいた集団のうち、その一画に目を留めた。
「エイレーン!」
「はっ」
歩み出たスーツ姿の若い少女に、ナナキは軽く頷いた。
「今から貴女が、新たな陸士長です。ゲイツに代わって、第一軍の指揮を執りなさい」
「ははっ」
「試みに問います。……まず、何から始めますか? 意味はわかると思いますが」
「一番に、逃げた獣の行方を探り、あえてそちら以外の方角で、痕跡を探ります」
「……なぜ、逃げた方向は無視するのです?」
「無視ではなく、先に他を当たるということです。なぜなら、私が主人に仕えるファミリアなら、間違っても主人が待つ方角へ、堂々と逃げることはありませんから。それでは、仕える主人を危険に晒すことになります」
「ふむ、一理はありますね」
冷え切った表情でしばらく考え、ナナキは微かに頷いた。
「よろしい、取りかかりなさい。それと、先行した調査班は確かに無能でしたが、無能なりに多少の成果は出しています。貴女に追跡のヒントをあげましょう」
スーツの懐から小さな紙切れを出すと、ナナキはエイレーンに渡した。
「この地図は?」
一瞥して、エイレーンが尋ねた。
「調査班が、おおざっぱに円で囲んだ範囲に注目しなさい。……そこで、何度か魔力反応を感知したそうです。いささか奇異に思い、これまで何名も調査に送り込んでいますが、特に異状はなかったそうですよ」
彼らの判断を欠片も信じていない声音で、ナナキは言う。
「……魔力反応、ですか」
目を細めてエイレーンが注目した地図には、九郎達が住む街が、ばっちり赤い円で囲まれていた。