我が身をどうか、永久におそばに
「その前に……しばし、休みましょう」
麗は優しい声音で言うと、九郎の手を取り、公園へと誘った。
地下鉄の駅から近い場所にあり、周囲の高層マンションに住む者達の、憩いの場所でもある。ただ、今は事件が頻発しているせいか、公園内はがらんとしていた。
ベンチに並んで座ると、麗は慰めるように説明してくれた。
「心の中に感じた存在は、おそらくかつての魔王陛下の意識でしょう。今は九郎さまの意識が主人格なので、いずれは前世記憶として、九郎さまの意識と統合されることになるかと」
すらすら教えてくれたのは、彼女が転生する前にいた世界では、前世記憶も有り得ることとして認知されているから、なのかもしれない。
「じゃあ、あの短い間に何があった?」
「まばゆい閃光が爆発して、あの男が吹っ飛ばされました。おそらく九郎さまが叫ばれた通り、『そこをどけ!』と願ったのでは?」
「願った……ああ、そういえば!」
思わず九郎は大きく頷く。
「願ったどころか、そう喚いていたよな俺。うんうん」
「それが真実の全てです」
麗はまたしても、いつの間にか九郎と腕を組み、頭を肩に乗せていた。
「九郎さまが本気で望めば、全ては現実となるのです」
「いや……もう少しこう、説得力ありそうな理由ない?」
「そうですね……」
麗が切れ長の目でちらっと九郎を見やる。
手の掛かる魔王をどう説得するか、悩んでいるようでもあった。
「例えば、このような説明はいかがでしょう? 普通、ルーンマスター(魔法使い)が魔法を使う時には、必ずマナを必要としますし、そのマナを魔力に変換する能力を要求されます。これを、(個人の)魔力量とかキャパシティとか呼ぶのですけど……麗の知る限り、かつての魔王陛下には、キャパシティに限界がありませんでした」
さらりとびっくりするようなことを言う。
「それはつまり、普通の者なら扱えないような高レベルの攻撃魔法も自在に使え、さらに召喚術なども無制限に行えることを意味します」
輝く碧眼が、九郎をじっと見つめる。
「麗の言い方は極端かもしれましれんが、九郎さまが本当の意味で目覚めれば、不可能はありません。屍者を蘇らせることすら、可能となるはずです」
「う~ん」
まさかとは思うが、九郎自身も自分の意外な部分――つまり、予想以上に肝が太いことに気付いたばかりである。まあ、良い意味でも悪い意味でも。
かつての魔王としての力が戻れば、麗の言う願望達成力みたいな能力も、もしかしたら有り得る話かもしれない。
今のところ、さっぱり力が戻った気がしないが。
「じゃあ、もう一つ質問」
ついでなので、九郎は思い切って尋ねておくことにした。
「麗はすごく当然のように俺に甘えてくるけど――」
彼女の銀髪から薫る香りに、九郎はくらっとなりそうなのを堪えた。
女の子の頭が肩に乗っていると、ここまで緊張するとは思わなかった。
「そ、それは前世からかな?」
「……前世からでございます」
目を細めて麗は頷く。
「かつての麗、つまり元ファルナス王国の王女レイフィールは、かつて我が君にこう言われたことがあります。……なにか、望むものがあれば叶えるから、遠慮なく申してみよと。その時に麗は、即座にこう答えました。『我が身をどうか、永久におそばに。それと、不敬ではありますが、願わくば陛下に甘えるご無礼をお許しくだされば……これにまさる幸せはございません』と」
「それ、プロポーズかな?」
「まさかっ」
ぱあっと頬が赤くなったが、麗はゆっくりと首を振った。
「麗ごときにそのような資格はございません。でも、こうして甘えることは許して頂けたのです……九郎さまもお許しくださいますか?」
九郎は上手く言葉にできず、黙したまま頷いた。
資格がないというのなら、自分の方こそないような気がしたが。