シークレットガーデン
「とにかく、今は騒ぎにならないうちに、外へ出ましょう」
麗がそう勧め、もちろん九郎も頷いた。
「あ、ああ……そうだな」
二人で足早にホームへ出たところ、運転席から転がり出るように運転士が出てきて、九郎達の方をろくに見もせず、もの凄い勢いで駆け出していった。
「……なんだよ、人を化け物扱いしてからに」
ぶつぶつ言いつつ、九郎は男の死体を見に近寄る。
そんなことせず、遁走すべきだとはわかっていたが、どうしても引き寄せられてしまったのだ。だいたい、自分のせいでこいつが死んだのだとすれば、見ないわけにはいかない。
死体は――本当に、気持いいくらいバラバラだった。
おそらく胴体付近で強烈な一撃……たとえば、ビル解体に使う巨大鉄球などが人体にぶち当たったりすると、こんな風になるかもしれない。
手足も千切れ飛んでいて、絵にも描けない悲惨な状態だったが――。
「……麗、俺ちょっとヤバいかもしれないな。これは一大事かも」
「どうなさいました?」
死体を見ても眉一つ動かさない麗が、静かに訊き返す。
「人殺しした割には、全然罪悪感とかない……やべー」
「九郎さまが罪悪感などっ」
麗が「とんでもありませんっ」とばかりに、語尾を強めて言い切る。
「倒さねば、あの恩知らず女は死んでいましたし、九郎さま自身も掠り傷くらいは負ったかもしれません。そのような不敬が許されるはずはなく、この男は死んで当然ですわ」
「ははっ」
掠れた笑い声を出せる自分に驚いた。
とりあえず、この手のことで麗にボヤくのは無駄である。
今や信じる他ないが、麗はどうも、九郎こそがこの世界のルールであるように思っているらしい。しかも、極めて真面目に!
不意に複数の駆け足の音がして、九郎は慌ててホームの向こうを見た。
駅員と……それに制服姿の警官が二人してこっちへ走ってくる。
「ま、まずいかもっ」
「九郎さま、引き上げましょうっ」
「いいのかねぇ、逃げちゃって!」
思わずボヤきはしたものの、九郎は麗と二人で走り出した。
今、あの警官に止められると、下手すると今夜は家に帰れないような気がしたので。
……それどころか、もっと下手すると殺人犯にされる恐れもある。
まあ、人助けのためとはいえ、ある意味では本当に殺人犯なのだが。
「麗の能力……秋葉原で見せてくれた、『まるで目立たない能力』があったとしても、駅のカメラには映っているんだよな?」
地上に出てからも念のために駆け足を維持しつつ、九郎は尋ねた。
「いいえ! 麗が九郎さまから頂いたギフトは、完璧なのですわ。我がシークレットガーデンを発動した後は、麗が認めない限り、カメラにすら映らないのです。もちろん、そばにいた九郎さまも同様でございます」
シークレットガーデン……秘密の庭というのが、麗が教えてくれた、人目に付かないギフト名らしい。
「あの助けた子が俺達を見たけど?」
「見ても、顔は覚えていませんわ。後から思い出そうとして、全く覚えていない自分に、驚くはずです。覚えているのは、男女がいたかも? という程度でしょう」
麗は力強く断言してくれた。
「そうか、ならほっとした」
もう十分だろうと思い、九郎はようやく駆け足をやめた。
「なら問題は、さっきのコンマ数秒の間に、なにが起こったかだ。麗、見たそのままを、俺に教えてくれ。だいたい――」
九郎は思い出して、自分の胸を叩いた。
「さっきは一瞬だけど、俺の中に誰かの存在を感じたんだ」